「俺、やります…」

 まるで、たった今昼寝から目覚めたような声が上がった瞬間、教室の空気が変わった。つい先ほど、私が立候補した時は、クラスの誰も反応しなかったのに…。

自分から面倒な仕事を引き受けるなんて変わった子だ、真面目そうな感じ…安堵や感心のため息がもれても、驚きの声や悲鳴は聞こえなかった。クラスで二名選出しなければならない図書委員のポストが一つ埋まって、ホッと胸をなでおろしただけだった。

それが何故、担任の大船先生が、

「静かにして。演劇発表会の主役を決めているんじゃないんだから」

 と人気女優によく似た鼻声を張り上げなければならなかったか、その理由を
私はすぐに察した。第三志望の私立高校に入学し、一年B組の席に座るようになってまだ二日しか経ってなかったけれど、私と彼の立候補にどんな違いがあるのか、あぁ、やっぱり、そういうことなんだ、と納得してしまった。

――天道(テンドウ)(カケル)

 クラス名簿で初めて目にした時、何て浮世離れした名前なんだ、と思った。
エンタメ小説の売れっ子作家か、ファンタジーアニメの主人公じゃないんだから、キラキラネームにも程がある。一体、どんな気持ちでご両親が名付けたか知らないが、本人はさぞ、重いものを背負って十五年間生きてきたに違いない。これから始まる高校生活を、期待の分だけ苦労するんだろう。

そんな余計なお世話的なことを想像しながら、林田(ハヤシダ)(スズ)という自分の名前と見比べていた。その後、自己紹介のために教壇に上がった彼を見て、息を飲んだ。

 何これ…喉を詰まらせながら周りの席を窺うと、私と同じように彼にくぎ付けになっている子がたくさんいたから、ふぅっと息を吐いた。

 それほどまでに天道くんの外見は、一般的な高校生の枠からはみ出していた。百八十センチを優に越える長身、細身の体からスラリと伸びた長い手足…ここまでは、何処の学校にも一人や二人いるただのイケメンだったが…。

彼はそれに加え、中世ヨーロッパの王朝貴族がタイムスリップしてきたような黄昏れた眼差し、夜の街で大人の女性を虜にするホストと呼ばれる人みたいな甘く危険な香り。真夏のグラウンドだろうと、台風の危険半円の中だろうとそよ風が撫でていくような端正な顔立ちの持ち主だ。

 もしかして今、私のことを見つめてた?

 気が付くと我を忘れ、ぽかん、と口を開けていた。次の瞬間、この人と関わったらいけない。ありえない夢を見て失意のどん底に突き落とされる、と顔を伏せた。

 そうして、一日目で彼が放つオーラを知っていたから、二日目の今日は慌てなかった。ただ、どうして周りの子たちが、

「サッカーやりながら大変じゃない?」
「どう考えてもイメージじゃないけど」
「お前、本なんか読んだっけ?」

 なんて入学直後と思えない口振りで突っ込んでいるのか分からなかった。それを聞いた天道くんが、

「今まで隠していてごめん。俺、実は読書家なんだ…嘘じゃないよ」

 と見かけによらず小学生みたいな返事をしているのか、理解できなかった。