もしかして、嘘をついてくれた?
 今日までの提出物なんて心当たりはない。私が会いにきた理由を、朝比奈くんは気づいているのかもしれない。


「あの、」
「とりあえず人に聞かれない場所に行く」
「……うん」

 彼も私も、きっと根本的な部分は昔と変わらない。
 私と朝比奈くんは小学校から一緒だった。でも昔から顔見知りというだけで、特別親しかったわけではない。


 小学生の頃は、運動神経が良くて明るくてクラスの中心的な男子だった朝比奈くんに憧れる女子は多かった。けれど私は彼のことが苦手だった。

 勉強はできる方だった私にクラスの女子は、よく宿題を写させてくれと言ってくることが多かった。
 断るのが苦手だったため、彼女たちに頼まれるがままプリントを渡していたのだ。その様子を見ていた朝比奈くんには、私が本当は嫌がっていることを気づかれてしまった。


『なんで嫌って言わねぇの』

 はっきりと考えを口にすることができる朝比奈くんのことが羨ましいと同時に、私の心の奥底を見透かされているような気がして彼のことが怖くなってしまった。

 そんなくだらない一方的な理由で、私は彼に対してずっと苦手意識があったのだ。


 一階の端っこにある美術室のドアを朝比奈くんが開ける。
 電気がつけられていない薄暗い部屋の中、窓ガラスの向こう側で青く光った空のコントラストが眩しく感じた。


「で、なんの用」

 窓際の席に腰をかけた朝比奈くんが頬杖をつきながら私のことを見つめてくる。


「あ……と、昨日のこと」

 普段はこんな風に口ごもったりするほうではないはずなのに、例の件があるためうまく言葉に出すことができない。
 けれど、まずはきちんとお礼を言わなくてはいけない。


「迷惑かけてしまいごめんなさい。保健室まで運んでくれて、鏡の後片付けもしてくれてありがとう」
「あー……別に」

 素っ気なく答えらえてしまい、会話のキャッチボールがなかなか続かない。
 意識を失った私を運ぶことや、割れた鏡の後片付けは相当面倒だっただろう。


「怪我とかしなかった?」
「俺は平気だけど。つか、あの鏡の中に間宮が倒れそうになったときが一番焦った」
「う……ごめん」

 あのときは混乱して、頭の中がくちゃくちゃで精神的にもかなり負荷がかかっていた自覚はあるけれど、さすがに自分でも意識を失ったことは驚いている。


「まだ治ってないんだろ」
「え?」
「さっき様子が変だった」