翌朝、洗面所で鏡を見ると夢ではなかったのだと、恐怖に身を縮ませる。


「……っ」

 顔が見えず、どんな特徴の顔をしていたのかすら思い出せない。
 鏡に映ったなにもない私の顔は、本当に周りからは普通に見えているのだろうかと疑ってしまう。


 けれど、朝比奈くんや叶ちゃん先生、家族の反応を見ると今までと変わらない私の姿が見えているようだった。

 青年期失顔症だと知った直後よりも、気持ちは落ち着いているけれど、やっぱりこの顔を見るのは精神的に苦痛だった。

 昨夜ネットで調べた内容によると、人によっては一日で治ると書いてあったので、私も一日で治るかもしれないと期待してしまったけれどダメだった。

 このまま治らなかったらどうすればいいのだろう。


 親に相談をするべきなのだと思う。けれどそしたらカウンセリングに通わされるかもしれない。そんなことになったら部活に行けなくなって、妙な噂を立てられる可能性もある。


 いやだ。周りにこんな自分を知られたくない。

 このまま数日経てば元に戻るかもしれない。そんな淡い期待をして、親にも青年期失顔症のことを話さないでおくことにした。


 私の秘密を唯一知っているのは、同じクラスの朝比奈聖だけ。彼さえ口止めできれば問題ない。







 学校へ行くと、周りは普段通りでなにも変わらなかった。誰も私の顔のことには触れてこない。

「朝葉、おはよー!」

 不思議な感覚だった。私は自分の顔がわからないのに、周りは私の顔を見て〝間宮朝葉〟だと判断している。


「おはよう」


 私は今、ちゃんと笑えているのだろうか。



 昼休みになり、私は朝比奈くんを探し回っていた。
 三限目までは教室にいたはずだが、四限目は教室にいなかった。彼の金髪は目立つので、すぐに見つかると思ったがなかなか見当たらない。ひょっとしたら既に学校にはいないのだろうか。


 そういえばと、ある場所を思い出す。
 中庭の近くにバスケットコートがある。
 バスケ部は体育館を使っているため、外のバスケットコート付近は生徒たちの溜まり場のようになっていて、派手な見た目の人たちがあの場所にいることが多いのだ。


 一階の廊下を進むと、その途中に灰色のドアがある。ドアを開けると、緑豊かな中庭があり、私は上履きのままその中庭を進んでいく。

 すると男子生徒たちの大きな笑い声が聞こえてきた。
 緊張しながらもこっそりと覗くと、赤や明るめの茶髪など派手な髪色と制服を着崩している男子たちがご飯を食べているようだった。


 ——いた。

 探していた金髪を見つけて、ひとまず安堵する。朝比奈くんの居場所はわかったものの、なんて言って声をかければ自然なのだろう。


「あれ、間宮ちゃんじゃね?」

 ひとりの男子が私に気づき、手を振ってくる。私が咄嗟に頭を下げて挨拶をすると、「かわいー」と声が聞こえてきた。

 その言葉に体が強張る。この顔がかわいい? 私には気味の悪いのっぺらぼうにしか見えない。自分が怖くてたまらない。いまどんな表情をしているのかすらわからないのだ。



「間宮」

 朝比奈くんが、少し強い語気で私を呼んだ。それによって我に返り、息を飲む。
 いつのまにか朝比奈くんは私の目の前に立っていて、どこか心配そうな表情で顔を覗き込んでいる。


「え、なにもしかして朝比奈に会いにきたとか?」
「まじ? お前らそういう関係?」

 茶化すように言ってくる周りの男子たちに朝比奈くんは呆れた様子で「ちげーよ」と返す。


「今日までって言われてた提出物出すの忘れてた。ちょっと出してくる」
「うわ、真面目かよ」
「うっせー。……行くぞ」


 朝比奈くんが中庭の方へと向かって歩き出した。私は慌てて彼の背中を追っていく。