じりじりと焼けつく日差しに額に汗がにじむ。手に持ったペットボトルの冷たさに感謝しつつも、この場所を指定したことに今更ながら後悔した。
 相手が相手のため、余計に体力と気力を消耗する。


「貴方は、私が誘導したことを悪いことのようにいうけれど、他人の心を折って踏みにじっている人には罪はないの?」
「……法的な罪はなくても、問題はあるとは思う」
「だけど、そんな人たくさんいるでしょ。私、だから人って嫌い」

 会話をしてわかるのは、常磐星藍は今までいろんな人に傷つけられてきたのだろう。だけど、彼女自身も傲慢で身勝手な理屈ばかりを語っている。


「本心を隠していい子ぶってるくせに、わかってほしいって駄々こねて、他人を鬱憤ばらしに使ってるだけじゃねーか」
「それがいけないこと?」
「本当自分勝手だな」
「人なんてみんなそうでしょう。誰もが利己的で押し付けがましくて、形だけの好意や善意に群がる。みんな優しさに飢えてるんだよ」

 自分が悪いこともわかっていて、開き直って反省をしない。この人といくら話しても、終わりが見えてこない。

 そろそろ潮時だ。


「じゃあ」

 答えは後日にでも聞くことにして、屋上から出ようとする。ドアのぶに手をかけたところで、名前を呼ばれた。


「言っておくけど、私優しい言葉はかけないよ」

 それが常磐先輩の答えのようだった。どうやら脅しは成功したらしい。


「そこは、常磐先輩の本来の姿って感じでいいんじゃねーの」
「ねえ、先輩には敬語使うのって常識じゃない? 途中からタメ口になってるよ」
「敬う部分が見当たらない」

 一応これでも最初は気をつかって敬語で話していた。だけど面倒で全て投げ出した。この人と話すと、疲労感に襲われる。


「はぁ……それにしても意味わかんないことになっちゃったな」
「自分だって意味わかんねーことして、周りを巻き込んできたんだから償いだと思って諦めろ」
「償い、ね。まあ、そっちの方がしっくりくる」
「アンタが人にしたことは法に触れなくても、許されることじゃない」

 どれだけ辛い経験をしてきたとしても、周りを陥れて青年期失顔症を発症させることは許されることではない。善人なフリをしているから尚更質が悪い。


「だから、俺らに付き合え」
「……お人好し。学校中に本当のこと言えばいいのに」
「言わないことが、ある意味罰だろ。罪悪感抱えてろ」

 目の前のこの人が、罪悪感を覚えているようには思えないけど、部に入らせることが抑止力になるならそれでいい。


「ただし、退屈はさせないでね」
「偉そうに言うな」
「だって私、先輩でしょ」

 きっと間宮は、常磐先輩を巻き込むことにしたと話しても、嫌がらない。誘導していたことを知っても、恨んでもいないし尊敬する先輩だと言っていた。

 中条には、ペットボトルの件を協力してもらったため、既に事情は知っている。だけど、中条も常盤先輩を恨んでいないようだし、あの性格だから仲良くしようとするはずだ。

 つまるところ、俺の役割はひとつ。


「私のこと監視するなら、しっかりね」
「あー……めんどくせ」

 勝手に部長にされて、相手を出し抜いてきそうな恐ろしい女を監視までしなくてはいけない。まだ常磐先輩が三年生で数ヶ月したら卒業というのだけが救いだ。


「ねえ……私のことも救ってくれる?」

 冗談なのか、本気の問いかけなのかはわからなかった。この人のことは苦手だ。でも今無下にするのは間違っている気がした。


「話を聞くくらいならできますけど」

 青年期失顔症で、味覚まで失っていると知った以上は、求められれば話くらいは聞ける。知っていて無視をして、さらに壊れられるほうが寝覚めが悪い。

 俺の返答に、常磐先輩が噴き出す。からかうつもりで聞いたことがわかり、色々と考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなる。


「やっぱり、お人好し」
「喧嘩売ってんすか?」
「ただの本音」

 顔をくしゃっとさせながら笑っている常盤先輩と青い空を睨んで、屋上の扉を閉めた。


 階段を下っていく途中、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が振動する。

 着信の相手は、間宮朝葉だった。
 かなり精神力を削られた後なため、出るか迷ったけれど、居留守を使うと後々なにを言われるかわからないため通話マークをタップする。


「朝比奈くん!」
「あー……はいはい」
「大変!」
「いいから早く要件を言え」

 電話越しに間宮だけではなく、中条の声もする。
 中条のテンションが高そうで、いったいなにが始まるのか。面倒なことには変わりないけれど、間宮たちと一緒にいることに慣れつつある自分がいる。


「初めての依頼!」
「は?」
「保健室に集合ね!」
「まじか……」

 そんなすぐに依頼なんてこないだろうと高を括っていたため、予想外だった。



「青失部、出動だよ!」