一本道の廊下を駆け抜けて、端にある保健室の前にたどり着く。少し乱れた前髪を整えてから、保健室のドアに手を掛けた。
「あ! 間宮先輩〜!」
中にいる三人の顔を目にすると、膝が折れるように、その場に座り込んでしまう。
「間宮先輩!?」
中条さんが、慌てて立ち上がって駆け寄ってくる。見上げた先には、朝比奈くんがいて心配そうな表情をしているのがわかった。
「ごめ……っ、力が抜けて」
気を張っていたから、あの場を乗り切ることができた。だけど緊張の糸が切れた今は、疲れがどっと流れ込んでくる。手も足も痺れたように思うように動かない。
「んなとこ、座り込むなよ」
「もう、そこはアンタが立たせてあげなさいよ」
叶ちゃん先生に小突かれて、朝比奈くんが面倒くさそうなため息を吐く。「大丈夫だよ」と笑って伝えるけれど、私の前まできた朝比奈くんはしゃがみこんで視線を合わせてきた。
「間宮、おつかれ」
ずっと我慢していた涙が、たった一言で溢れ出してくる。
「あ、さひな、くん……っ」
私を立たせようと手を伸ばしてくる朝比奈くんに勢いよく抱きついた。驚いたようにびくりと体を震わせた朝比奈くんの肩に顔を埋めて、幼い子どものように泣きじゃくる。
「私……っ、怖かったけど、ちゃんと自分の気持ち伝えた……っ、がんばったよね?」
「がんばったな」
そう言って、大きな手が私の頭を撫でて、抱きしめ返してくれる。声にならないような叫びで、私はひたすら泣いた。
自分がなにを好きで、なにが嫌いか。やりたいこと、したくないこと。周りに合わせていたら、いつのまにか自分の意見を見失って、流されていた。ふとした瞬間に自覚した、降り積もった我慢の欠けら。
私は自分の心すら見てみぬふりをしていたんだ。自分に嘘をついて、感情を隠し続けていた。
きっと青年期失顔症が、私の狡さを暴いたんだ。
流されるのは楽で、押し付けられて雑務をしていたかわいそうな自分に酔っていたところもあったのだと思う。それなのに変化を望んで、抜け出したいと心の中では踠いて、矛盾と葛藤していた。
だけど、やっと私自身を縛りつけていた柵から解放された気がする。
しばらく朝比奈くんは、あやすように背中を軽く叩いてくれていた。涙が止まり、頭が少しくらくらとする。朝比奈くんから離れると、ワイシャツの肩の部分が私の涙で濡れてしまっている。
「ごめん」
謝る私に、朝比奈くんは「饅頭」と要求してきた。
「スーパーのでいい?」
「藤水堂のやつに決まってんだろ」
軽口をかわしながら、私はふらつく体を支えてもらいつつ、中条さんが用意してくれたパイプ椅子に腰をかける。
「目、冷やす?」
「ありがとうございます」
叶ちゃん先生から渡されたハンカチに包まれた保冷剤を受け取り、熱を持っている目元にあてがう。ひんやりとした感覚が心地くて目を瞑る。
「退部届は渡せたってことかしら」
目を開けて、頷いて答える。すると叶ちゃん先生が、安堵した様子で表情を緩めた。
「そう。よかったわ」
「叶ちゃん先生も、朝比奈くんも、中条さんも、本当にありがとう」
みんなのおかげで、今の私がいる。私ひとりだったら、こんな結末は迎えられなかったかもしれない。
「無事に解決して良かったです!」
眩しいくらいの笑顔の中条さんに、私も口角が上がる。今はきっと自然を笑っている気がした。ふと視線を下ろすと、中条さんの手元にある携帯電話が目に留まった。
「あれ……それ」
「このあいだのプールのときの、画像ですよー! 待ち受けにしたんです!」
授業をずる休みして、プールに忍び込んだときに朝比奈くんが撮影してくれたものだ。けれど驚いたのはそこではない。
「わた、私……っ」
「え? 間宮先輩?」
写っているのは中条さんと、もうひとり〝知っている顔〟。間違えるはずがない。
「顔が、見える」