<青年期失顔症>
 青年期に個性を見失い、自分の意見を飲み込むことが強いストレスになると発症する。周りに合わせることを覚えていく過程で発症することが最も多い。

 具体的な症状は、自分の顔が認識できなくなり、のっぺらぼうのように見えてしまう。ただし周りからは、普通に見えている。

 発症しても言わなければ周りにはバレないため、私の周りで発症している人を見たことは数えるほどしかなかった。けれど、発症しているとわかると周りからどのような目を向けられるかは知っている。


『あの子、青年期失顔症だって』
『じゃあ、今まで周りに合わせていい顔してたってことじゃん』
『本心じゃなかったってことだよね。なんかそういうのってさ……信用できなくない?』

 そんな風に好き勝手噂されて、周りからは今まで自分を偽っていたと思われる。
 そういう人たちを見てきたからこそ、私は自分が発症しているなんて信じたくなかった。


「——片付けまで悪いわね。ありがとう」

 話し声とドアが閉まるような音が聞こえる。薄く目を開いていくと、真っ白な天井が見えた。
 少し黄ばんだカーテンに仕切られており、私の体は硬いベッドの上にいる。


 ……ここは保健室だろうか。

 ゆっくりと上半身を起こすと、カーテンが開かれた。


「具合はどう?」

 この学校で養護教諭として働いている二十代半ばくらいの女性——叶ちゃん先生が柔らかく微笑む。

 後ろでひとつにまとめられた黒髪と、ふちのないメガネに白衣。色気と清楚な雰囲気をどちらも併せ持っており、思わず同性の私も見惚れてしまう。


「まだ具合悪いかしら」
「え? あ……大丈夫です」

 自分の顔が認識できなくなった衝撃で鏡を落として、その後どうしたのか頭がぼんやりとして記憶があやふやだった。


「急に倒れたみたいよ。朝比奈くんが慌ててあなたのことを運んできたの」
「朝比奈、くん」


 思考が一気に現実に引き戻されて、血の気が引いていく。
 思い出した。鏡を割ってしまったあと、私に声をかけてきたのは朝比奈くんだ。


 〝青年期失顔症〟なのかと彼に問われて、その直後に私は意識を手放したようだった。