「なにを調べてるの」
「……なんだそりゃ」

 鼻で笑いながら視線が外される。

「バレないようにって、調べ物に関して?」
「見えてたんじゃねぇかよ」
「それはごめん」

 軽く舌打ちが聞こえ、話すかを躊躇うように朝比奈くんが髪を掻く。


「学校内で青年期失顔症が増えていることについて調べてた」
「なにかわかったの?」
「まだはっきりはしねぇ」

 けれど〝なにか〟を掴んでいるように見える。ただ確信がないため断言できないのかもしれない。


「教えて」
「いやだ」
「なんでよ」

 再び朝比奈くんに睨まれるものの、負けじと私も睨み返す。近くから中条さんが「まぁまぁ」と宥める声が聞こえたことによって、中条さんもこの件に関して何かを知っているのだと察した。これでは私だけ仲間外れのようで少し悲しい。


「お前は今青年期失顔症だろ。ちょっとしたことでメンタル崩壊するんだから、話したくねぇ」
「私が動揺する可能性があるんだ? 中条さんには話せるのに」
「もしも間宮の発症がそれに関係あれば、動揺はするだろうな」

 朝比奈くんが調べているのは〝故意で青年期失顔症を発症させている人〟が存在しているのかということのはずだ。

「私の場合は違うと思うけど」
「なんで言い切れるんだよ」
「だって桑野先生と話してから発症したんだよ。あの先生がそんなことできるほど器用だとは思えないよ」
「同感だけど、ひっでぇな」

 あの熱血な桑野先生が生徒をわざと青年期失顔症にする理由が思い浮かばない。むしろ私が青年期失顔症になったことによって、桑野先生にはマイナスなはずだ。あの人はバスケ部がいい成績を残すことを重視している。



「朝比奈先輩は、優しすぎますね」

 私たちのやりとりを見守っていた中条さんが小さく笑った。

「はぁ?」
「間宮先輩が心配だからこそ言えないのはわかりますよ。でも、伝えたほうがいいと思います」

 不満げな朝比奈くんに中条さんは、人差し指を立てて詰め寄る。


「だいたいここまで知られているのに、肝心なことは話せないっていうのは酷なことだと思いません?」
「だからまだコイツは青年期失顔症で、」
「それは本当に間宮先輩のためですか? 相手の心を尊重しているのではなく、侮ってません?」
「は?」
「青年期失顔症になったからって、心が弱いわけではありません!」

 中条さんの言葉は私に痛いくらい突き刺さる。自分が青年期失顔症になる前までは、自分がなくて心が弱い人がなるものだと思い込んでいた。

 けれど、発症イコール心が弱いわけではない。


 一番の要因は、自分を見失うことだけれど、心が弱くても強くても、誰にだって発症の可能性はある。
 強く見える朝比奈くんにだって、従兄のことなど抱えていることがあるように些細なきっかけが積み重なって発症してしまうことだってあるのだ。



「私、わりとメンタルは強い方ですけど、発症しましたし」
「……説得力あるな」
「親ですら、私が発症していると話したら驚いていましたしね。カウンセリングに一応通うことになったんですけど、メンタルも揺れてないですし、先生と楽しくお喋りして終わりですよー」
「で、つまりなんなんだよ」

 話が脱線しそうになったところで、朝比奈くんが軌道修正をかける。小さく息を吐いた中条さんが目を細めた。


「朝比奈先輩は、自分の言葉で間宮先輩を傷つけるのが嫌なだけですよね」

 その言葉に朝比奈くんは目をまん丸くして、唇を結んでしまった。普段不機嫌そうに悪態をつくところばかりを見ていたので、私の頭の情報処理もついていかない。
 彼がこんな表情をするなんて思いもしなかった。沈黙は肯定と受け取られてもおかしくない。



「……中条さんは知ってるんだよね?」

 私の方が現状の空気に動揺してしまい、まだまとまっていない感情のまま、中条さんに話を切り出す。

「はい。きっと間宮先輩が知ったら、気持ちが揺れます。だけどどうか、思い詰めたりはしないでください」
「……うん。わかった」

 気持ちが揺れる。その覚悟をどうやってしたらいいのかはわからない。けれど、身構えながら中条さんの言葉を待つ。