「……お前、なにしてるんだ?」
朝比奈聖。よりにもよって、彼に目撃されてしまうなんて最悪だ。
「つーか、鏡すげーことになってんな」
こんな風に話しかけられるのは小学生以来かもしれない。
どうしよう。なんて言って切り抜けよう。そんなことを頭で考えながらも言葉がうまく出てこない。
逃げるように視線を落とすと、足元に散らばる鏡の破片が目にとまる。のっぺらぼうに見える私の顔は、彼にはどう見えているのだろう。
「朝比奈くん」
震える声で名前を呼ぶと、喉の奥がひりつく。こんなにも弱々しく掠れた声が出るとは思わなくて、少し驚いた。
視線を再び彼に戻すと、不安げな眼差しが向けられている。相手が苦手な朝比奈くんなのに、私を見てくれている人がいるということに酷く安堵して、視界が滲んでいく。
「ねえ、私の顔……見える?」
小さく「は?」と困惑したような声が聞こえた気がする。
「顔って……」
これは最後の悪あがきのような確認だった。彼の反応を見れば、答えなんてわかりきっている。たとえ予想外の返答がきたとしても、私が自分の顔を認識できないことに変わりない。
ほんの数秒間を置いてから、朝比奈くんは一歩踏み出して階段の手すりに右手をかけた。
「お前もしかして……〝青年期失顔症〟なのか?」
頭から水をかけられたように全身が冷えていく。
その言葉を自分に当てはめることに私は無意識に避けていた。
私は大丈夫。発症するはずがない。そう思い込んでいた。だってこの病は精神が弱い人がなるはずだ。
それなのに……どうして。
目の前が歪んで揺れていく。体がふらつき、階段の手すりに手を伸ばそうとするけれどつかめない。
「っ、おい! 間宮!」
焦りを含んだような大きな声がする。宙を切る私の手を温かいなにかが掴んで、そのまま体が倒れていく。そうして私の視界は真っ暗になった。