がっかりと言われてしまうような私は、どんな顔をして、どんな反応をしたらいい?

 視界が滲む。でも涙だけは見せたくなくて、下唇を噛み締めて耐える。

 ……自分なんてどこにもない。見えない。見つからない。



「桑野先生。私も、あなたにはがっかりです」

 よく通る声が響いた。どこか苛立ちを含んだような、刺々しさを感じる。振り返ると白衣姿の女性がドアのところに腕を組んで立っていた。


「っ、雨村先生!」

 桑野先生が何故か真っ青な顔で慌てている。一方叶ちゃん先生は、眉を寄せて厳しい表情だった。普段は温厚な叶ちゃん先生の姿に驚いてしまう。


「私の言ったことがきちんと伝わっていなかったようですね」
「いやぁ、これはその、やっぱり腹を割って話した方がいいと思いまして」
「ご自身のやり方を生徒に押し付けるのは感心しません」
「ですが、それでは練習がっ」
「桑野先生」

 窘めるように名前を呼んだ叶ちゃん先生は、わざとらしく笑みを浮かべる。


「私は、休部となった以上は、間宮さんの心を刺激しないために部活に強制的に復帰させようとしたり、ミーティーングに参加をさせることはしないようにとお願いしましたよね」
「……はい」
「それで? この状況は一体なんでしょうか。ああ、この場で説明は結構ですので、職員室で先生がたの前でご報告いただけますね」

 高圧的なあの桑野先生が、叶ちゃん先生に気圧されている。私の知らないとこで先生たちなりの決まり事があるようだった。


「ほら、みんなお昼ご飯食べる時間なくなるわよ」

 叶ちゃん先生は手を叩いて素早く退散するように促すと、部員たちが少々困惑した様子で散っていく。これで一旦はこの場は収まったようで、ホッと胸を撫で下ろす。


「雨村先生、生徒たちには腹を割って話す時間がっ」
「桑野先生、このようなやり方は生徒たちの心を乱し、不安定にしてしまいます。以後、気をつけてください」

 桑野先生の言葉を遮るようにして制すると、息を潜めるようにして立ち尽くしていた私に叶ちゃん先生が笑みを向ける。


「間宮さんは私と一緒にきてくれるかしら」

 私は頷くと、なにか言いたげな桑野先生から逃げ出すように叶ちゃん先生とピロティから一階の廊下へと移動する。どうやらこのまま保健室へ行くらしい。


「叶ちゃん先生、ありがとうございます。でもどうしてあの場所に……?」
「聖から、連絡が来たの。間宮さんが部活の人たちに連れて行かれたらしいって。それでもしかしたらって思ってね」

 どうして朝比奈くんがこのことを知っているのだろう。そんな疑問を抱いていると、私の頭の中を覗くように「中条さんよ」と叶ちゃん先生が教えてくれた。



「そういえば、昼休みにすれ違った……」

 中条さんが朝比奈くんに私がバスケ部の人と一緒にいたということを伝えたのだろうか。けれど、どうして朝比奈くんに?

 それに朝比奈くんが、叶ちゃん先生に連絡をしてくれた理由もわからない。いくら私の事情を知っているとはいえ、どうしてそこまでしてくれるのだろう。


「ねぇ、間宮さん。バスケ部で話し合いをすることになったのは、どういう流れなのか教えてくれる? この話し合いの件は最初から知っていたの?」

「知りませんでした。……杏里から話がしたいって連絡が来て、それで昼休みに杏里と常盤先輩が迎えにきて、案内されたのがピロティでした」

「金守杏里さんと、常盤星藍さんのことかしら?」

 そのふたりだと頷くと、叶ちゃん先生がなにかを考えるように険しい表情になる。



「そこに連れて行かれたら、部員や顧問の桑野先生たちがいたってことね?」
「……はい」

 事前に聞かされたら私は逃げずにあの場所まで行けたのか、正直わからなかった。話し合いが怖くて、胃が痛くなっていたかもしれない。


「叶ちゃん先生……病状が悪化することってありますか」

 私の言葉に目を大きく見開いた叶ちゃん先生が足を止める。心なしか顔色が悪い気がして、私はなにか妙なことを口走ってしまったのかと不安になる。


「どうして悪化しているように感じたの?」

 違和感を覚えたのは一度だけだ。こんなことを話したら自意識過剰だと、ただあの状況で疲れただけだと思われて終わりの可能性もある。でももしかしたら、叶ちゃん先生ならなにかわかるかもしれない。


「気にしすぎなのかもしれないですけど……一度だけ自分の声が聞こえなくなって」
「……そう。聴覚の方にきたのね」
「へ?」
「大丈夫よ。保健室に着いたら、少し落ち着いて話をしましょう」