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この日もバスケ部の人たちと話すことはなかった。今まで自然と集まって話していたけれど、今は不自然なくらい顔を合わせることはない。廊下ですれ違うこともなく、休みなのではないかと思うくらいだ。
会ったところで気まずいだけなので、内心ホッとしている自分が嫌になる。それに続けるにしても、辞めるにしても話すことは避けて通れない。
昼休みに一年生の教室がある四階へと足を踏み入れる。中条さんが何組なのかわからないため、誰かに聞いてみようかと思っていると、階段近くの教室の中から笑い声が聞こえてきた。
入り口から教室を覗くと、男女数人が集まっている輪の中に中条さんがいるのが見えた。楽しげに話している彼女を見ると、青年期失顔症にかかっているようには思えない。
私に気づいた中条さんが立ち上がり、周りの人たちになにかを言ってから、こちらへと歩み寄ってくる。
「間宮先輩、ですよね! どうしたんですか?」
「ちょっとだけ話せないかなって思って」
中条さんは目をまん丸くしたあと、すぐに笑顔になった。彼女と話していた同級生たちが私を見ると、コソコソと話しているのが聞こえてくる。
「あの上履きの色って二年生じゃない?」
「月加って上級生と繋がりあったんだ!? 意外〜」
この感覚はなんだか懐かしい。高校一年生のときは特に上級生と繋がりがあるというだけで、一種のステータスとして見られることがある。おそらく彼女たちの中で、中条さんへの印象がまたひとつ追加されるのだろう。
「ちょっと先輩とお喋りしてくるね〜!」
中条さんは明るい笑顔で彼女たちに言うと、向こうも明るい声で「いってらっしゃい」と返していた。一年生が入学して約二ヶ月半、だんだんとグループができているのが、学年が違う私から見てもわかる。目立つ容姿と着崩した外見の子たちが多い中条さんのいるグループはクラス内でも中心的なのだろう。
「先輩、ひと気がないほうに行きましょう」
中条さんに促されて、四階の廊下を進んでいく。廊下の突き当たりは、美術室と準備室のため、周りに生徒がいない。壁にもたれ掛かるようにしゃがんだ中条さんが、上目遣いで私を見てくる。
「間宮先輩が来てくれるなんて、驚きました。よく私のクラスわかりましたね」
「笑い声が聞こえて、もしかしたらって思って」
「えー! 廊下まで聞こえてました? 私、声大きいってよく言われるんですよね」
照れくさそうに小さく笑う中条さんの横に、私もしゃがむ。
「中条さんのこと、もっと知りたくて会いに来たの」
すると、声に出して笑われた。
「私、自分を見失ってるので、間宮先輩の望む答えが得られるかわからないですよ」
「あ、ごめんなさい!……そういうつもりじゃなくて」
同じ青年期失顔症にかかっているのだから、精神面が揺れやすいはずだ。それなのに無神経なことを言ってしまった。
「私、悩みなさそうってよく言われるんですよねー」
中条さんは、あっけらかんとした口調で話しながら、両手の指を絡めて伸びをした。そのまま祈るように手を絡めて口元へ持っていくと、先ほどよりも低めの声のトーンで言葉を続ける。
「でも明るく見えるからって、言いたいこと言えているわけでも、悩みがないわけでもないのに」
「……そうだね」
「それに辛さだって、人によって種類があると思うんですよねー」
それぞれが持っている感情が入った箱。そこは誰もが覗けるわけでも、触れることができるわけでもない。悲しいという感情でも、人によって痛みの量が異なる。育った環境や経験によって、感情には無数に種類があるのだと思う。
なにを抱えているかなんて誰にも完璧にはわからない。