「気になること、ですか?」
「この学校で、青年期失顔症の生徒が去年あたりから増えているのよ」


 予想外の話に、大きく目を見開く。
 私以外にも、何人か青年期失顔症の人がいる。誰だろうと思考を巡らせてしまい、すぐにやめた。私が知られたくないように相手だって知られたくはないだろう。


「それって世の中的に増加傾向にあるとかではないんですか?」
「そう思って調べたけれど、そういう情報はどこにもなかったわ」

 叶ちゃんの話によると、この学校の過去の資料を見て人数を照らし合わせた結果、平均人数よりも相談件数は倍くらい多いらしい。

「……この学内でだけ、増えているってことですよね」
「受験とか関係してんじゃねぇの。精神的に不安定になるやつだっているだろ」

 朝比奈くんがガリッと音を立てて飴玉を噛み砕く。
 夏休み前のこの時期なら志望校などで悩む人が多いだろうと指摘した朝比奈くんに、叶ちゃん先生は難しい顔をして、腕を組む。


「それが、三年生も増えているけど、他の学年も発症しているの」

 つまり私のように受験生ではない生徒が例年よりも多く発症しているということのようだ。

「正確には発症する生徒が〝多い〟のか、相談する生徒が〝増えた〟のかはわからないのだけど……」
「……どういうことですか?」
「発症した生徒がみんな学校に報告するわけではないでしょう。だから、正確な人数というのは毎回把握できないの。あくまでも自己申告だから」

 思えば私も最初は学校側に報告する気はなかった。朝比奈くんに知られて、そこから叶ちゃん先生が従姉であることや、部活を早退した日の出来事があったため、こうして報告という形になっただけだ。


「実際に青年期失顔症になっても学校に報告をする生徒は少ないのよ。やっぱりみんな、周りに知られることを恐れているんでしょうね」
「私の場合は、叶ちゃん先生だったからよかったけど、桑野先生とかに知られたら部活のみんなに伝わっちゃいそうで怖いな……」

 改めて桑野先生には知られなくて良かったと胸を撫で下ろす。

「……青年期失顔症に対する周囲の印象の問題は根深いわね」
「自分が発症したり、身近にそれで悩んでるやつがいなかったら、そんなもんなんじゃねぇの」

 青年期失顔症になる前までは、私はどこか他人事のように思っていて、なった人に対しては〝かわいそう〟〝自分がない〟〝心が弱い〟そんな風に思ってしまっていた。

 それは周囲の共通認識のようなもので、発症してしまった人は肩身が狭かったと思う。


 私だって桑野先生に話す気にはなれない。桑野先生は明るくて熱血で、私たち生徒を引っ張ってくれるけれど、あまりデリカシーはない。
 部活でも生理で具合が悪く、休みたいという子がいると、生理で部活を休むということが理解できないといった様子だった。さすがに先輩たちが先生に対して抗議したため、その子は見学といった形で落ち着いた。けれど、彼女は居た堪れないといった様子で体育館の隅っこに体育座りをしていて、先生は熱がないのだからといって家に帰ることを許可しなかった。

 そんなことがあったため、私がもしも桑野先生に事情を話したとしても、休部は許可されず、心の弱さを指摘されて部活に出るようにと言われただろう。あの桑野先生が青年期失顔症に理解があるようには思えない。


「私たち養護教諭は生徒が望まないのであれば、ご両親にも他の先生にも報告はしないわ。だけどそのことを理解している生徒は少ないの」

 一応入学のときに説明書は配っているけれどねと困ったように眉を下げる。私も入学当初に貰ったのだろうけれど、覚えていない。そのときは自分が発症するとは夢にも思っていなかったため、気にもとめていなかったのだろう。


「それなのに去年くらいから報告が多いんだろ。じゃあ、前になった生徒が教えてやってんじゃねぇの?」
「……それならいいんだけど」

 なにかが引っかかっているように見える。叶ちゃん先生は、きっと自分の中では確信とは言い切れないことがあるのかもしれない。けれど生徒である私たちに話すわけにはいかない内容……だとしたら一体なんだろう。


「変な話をしてしまってごめんなさいね」

 養護教諭という仕事は、生徒たちの相談所であり、体調面だけでなく精神面もケアしなければいけない。でも、叶ちゃん先生の心は誰がケアするのだろう。大人だから、私たちにみたいにすぐに不安定になることはないのかもしれないけれど、少し気になってしまう。


 そんなことを考えていると、保健室のドアが勢いよく開けられた。


「叶ちゃん先生! 大変! 中条さんがまた倒れた!」