「別に人のこと悪く言わねぇやつが、いい人ってわけじゃねぇと思うけどな」
「だけど不満を漏らすと、そんなこと思うなんて意外とか言われることもあるでしょ」
「まあ、誰にでも文句を漏らすのは火種生むだけだし、やめた方がいいとは思うけど」

 朝比奈くんはポケットから取り出した飴玉の袋を開けると、口の中に放り込んだ。駄菓子屋のときも思ったけれど、甘党なのかもしれない。



「信頼してる人間の前くらいでは、好きとか嫌いとか自由に言っても、いいのにな」

 きっと勘違いではなく、祈さんだけでなく私にも向けて言っているのだろう。


「聞かされたところで嫌いになるわけじゃねぇのに」

 そう言って、ポケットからもうひとつ飴玉の袋を取り出して、私の元に軽く放り投げてきた。
 受け取った飴玉は、黄緑色をしている。


「……ありがとう。これ、何味?」
「マスカット。嫌だったら、レモンもある」
「ううん、マスカットがいい」

 袋を開けて、飴玉を口の中に入れると瑞々しさを感じる甘い味に頬が緩む。またひとつ、好きなものができた。


「つまりは嬉しいことも辛いことも、打ち明けられる相手がいるかどうかが重要なのよね」

 叶ちゃん先生が私と朝比奈くんを交互に見て、「ふたりは相性が良さそうね」と笑う。
 朝比奈くんはわざとらしく顔を歪めてくるので、私もお返しと言わんばかりに顔を顰めて首を横に振る。


「感謝はしてますけど、相性は別です」
「もっとわかりやすく感謝しろよ」
「ありがとうって言ってるじゃん」
「甘いものよこせ」
「物で感謝を求めるってどうかと思う!」

 私たちの会話を聞いていた叶ちゃん先生がふきだす。


「やっぱり相性いいんじゃないかしら」

 互いに否定しながらも、横目で朝比奈くんを見る。あんな風に言い返してしまったけれど、なにか物で返した方がいいだろうか。

 きのう朝比奈くんから藤水堂のおまんじゅうをもらったので、そのお返しとして藤水堂のお菓子をあげたら喜んでくれるかもしれない。


「それとね、私の弟は、一言で表すと〝優しい〟のよ。聖のいう通り、間宮さんとも似ているんじゃないかしら」
「……優しい、ですか。自分では、わからないです。ただ、流されやすいっていうのはあるかもしれないですけど」

 思い通りに動いて、雑用を引き受けたり、仲裁に入ったり、面倒ごとを抱え込むことが、周りにとっての優しい人なら、私はその部類の人間になるかもしれない。


「自分の意見を飲み込んでいる間宮さんは、周りのことを考えているってことでしょう。それは優しい人だからできることだと思うわ。怒ったこともあまりないでしょう?」
「……言われてみれば、あまりないかもしれないです」
「弟も怒ることも全くなくて、ずっと心の中に溜め込んでいたような子だったの。だからこそ、内側から心が蝕まれていて脆くなっていたんだと思うわ」


 内側から毒がじわじわと蝕み、虫歯のようになっていく。

 痛みを我慢していると、どんどん毒が侵食して膿んでしまう。そんな想像をして、目眩がした。私はその膿をどうやって取り除けばいいのだろう。


「本音を吐き出してからは、俺らには毒吐くようになったよな」
「本当よー! 夜に甘いもの食べたら、笑顔でチクチク嫌味言ってくるようになったんだから!」
「いや、それはお前が痩せたいとか言いながら、食ってるから注意されてるだけだろ」


 楽しげに会話するふたりを眺めながら、私は自分にもそういう相手がいるかを考えてみる。

 バスケ部のみんなに、もしも本音を話したら、きっと仲間外れにされてしまう。杏里だけに話したとしても、困らせるだけのように思えた。それにクラスに友達もいるけれど、自分の心の内を話すことに抵抗がある。


「間宮さん」

 視線を向けると、私の心情を察したように叶ちゃん先生が穏やかに微笑みかけてくれた。


「無理して誰かに本音を話そうとしなくて大丈夫よ。あくまでも治った例だからね」
「……はい」

 ふと朝比奈くんなら聞いてくれるかもしれないと思ったけれど、最近話すようになったばかりで、迷惑をたくさんかけてしまっている。そんな彼に本音を吐露しても、相手にとっては重荷でしかないはずだ。あまりにも都合が良すぎる。



「そうそう。少し気になることがあるの」

 思い出したように叶ちゃん先生がノートパソコンを開き、なにかを調べ出した。