「はい。従姉弟なんですよね」
「ええ。昔から家も近所だったのよ」

 叶ちゃん先生は、まるで弟のように朝比奈くんに接している。もしかしたら叶ちゃん先生にとって昔から弟がふたりいるような感覚だったのかもしれない。


「あの、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「……青年期失顔症って、治りにくいんですか」

 言葉を探すように視線を巡らせると、叶ちゃん先生はノートパソコンを閉じた。そして指を組み、おもむろに話しだす。


「一概には言えないけれど、なにを心で抱えているかによるわね。なりやすい人という例はあるけれど、それぞれ性格や状況が異なるでしょう」

 ネットを調べて出てきた情報だと集団生活で疲弊して発症した人は、ちょっとしたことで気分が浮上して治るという人も多いと書いてあった。
 そのため私も気分が浮上することによって、治るのではないかと少し期待してしまっている。


「心のちょっとした揺れによって発症した人は、翌日に治るケースもあるけれど……」

 青年期失顔症を今まで学んできた叶ちゃん先生としては、一日が経過しても治らない人は、なにもせずに自然と治るという例はあまりいないそうだ。

 根本的な問題を取り除くか、本人が心に溜まっていたストレスを発散する方法を見つけることが大事らしい。



「間宮は、たぶん祈と近い」
「……そう」

 祈という名前は駄菓子屋さんで聞いた。たしか叶ちゃん先生の弟で、ふたりが青年期失顔症について詳しくなったきっかけの人だったはずだ。


「私の弟は、感情を押さえ込んで周囲の理想像を叶えようとしていたの。求められるまま、本当の自分を見失って、あるとき限界がきて発症した」

 その話を聞く限りだと朝比奈くんのいう通り、私と似ている。
 バスケ部や家での理想像を叶えようとして、壊れてしまった。自分自身の心が悲鳴をあげていても私は気づかないフリをし続けていたのだと思う。


「……どうやって治ったんですか」
「色々な方法を試したけれど、やっぱりあれかしら」

 頬に手を当てた叶ちゃん先生が、ちらりと朝比奈くんを見やる。すると朝比奈くんは顔を引きつらせて、苦笑した。


「だろうな。言いたいことを俺らの前で好き放題言わせて感情的にさせた」
「へっ? 好き放題言って治ったの?」

 もっと別の方法だと思っていたため、拍子抜けしてしまう。


「抱え込んでいる人間にとって、それくらい重みのある行為だったんだろ。お前は、それをやれって言われて誰かにできんの?」
「……言える人がいないかも」
「特に祈は人のことを悪く言うのが抵抗あったらしいし。だけど溜め込んで心の中の毒素になった」


 簡単そうに思えたけれど、友達や家族に私の心の中の醜い感情を曝け出すことが想像つかない。
 そもそも好き放題に感情を吐露できていたら、こうなっていなかった。



「いい人ってなんだろうな」
「え……」
「あいつは、いい人でいたくて本心が言えなかったんだと。でも、適度にガス抜きしねぇから壊れたんだろ」

 ……ああ、そうだ。と心に言葉がすとんと落ちてきた。


「私もいい人でいたかったんだと思う」

 私は嫌われることが怖くて、不満があっても自己主張をできなかった。
 誰かのことを嫌だと思っても、それを他人に伝えたらいい人ではなくなってしまう気がして、怖かったのだ。