部活のときくらいしか接することのない桑野先生に、私らしさなんてわかるのだろうか。私自身も自分らしさなんてわからないというのに。
「失礼しました」
口角を上げて目を細めながら一礼する。桑野先生と目を合わせないようにして、私は職員室を出た。
うまく笑うことはできていただろうか。
桑野先生から言われた〝最近お前らしくない〟という言葉を何度も頭の中で反芻させる。それがきっかけで、私の心の中で必死に押さえ込んでいた感情が堰を切ったように一気に溢れ出してきた。
『朝葉はなんでもできるよね。苦手なことってあるの?』
『うらやま〜。私も朝葉みたくなりたいわー』
違うよ。失敗が怖いだけで、何度も練習しただけ。苦手なことだってたくさんあるよ。
『朝葉、英語の小テストの範囲教えて!』
さっき先生が範囲言ったばかりなのに、どうしてなんでも私に聞くんだろう。
『男子って、朝葉には優しいよね〜』
『朝葉みたいなタイプって男ウケよさそうじゃん』
男子と少し話していただけで、笑顔の裏側に隠した敵意を向けてくる。……私のこと本当は鬱陶しいんでしょう。
『私たち二年で一番上手いのは朝葉だもんね』
他にも上手い人はいる。私に雑用を押し付けたり、先輩たちとの間に立たせて伝言係みたいにして扱うのやめてよ。
——もうこんな日常、うんざりだ。
教室に戻ると誰もいなかった。静かな教室で、わざとらしいくらいの大きなため息を吐く。結局顧問の桑野先生に話したところでなにも変わらない。
鞄の持ち手を肩にかけて、教室を出る。今日はバスケ部の練習がなくてよかった。家に帰ってゆっくりしよう。
不意に外を見ると、窓に反射した自分の顔が映った。
「え……?」
全身が粟立ち、ぞわりとする。なにかの間違いだと慌てて四階の端っこにある女子トイレに駆け込む。
「なに、これ……」
長方形の鏡に映っている顔を見つめながら、両手で頬に触れる。そしておそるおそる指先で目や鼻の位置を確認していく。