杏里や二年生たち数人によって私は支えられながら、保健室へ連れて行かれた。みんなが言うには顔が真っ青で、今にも倒れそうに見えるらしい。

 保健室へ行くと、叶ちゃん先生と何故かおまんじゅうを食べている朝比奈くんがいた。
 叶ちゃん先生がすぐにパイプ椅子を用意してくれて、私は俯きがちにその椅子へと座る。


 体育館から抜け出せたことに安堵したけれど、部活のみんながいるこの場は居心地が悪い。


「なにがあったの?」

 穏やかな口調で叶ちゃん先生が問う。私が答えるよりも先に、周りの子たちがすぐに説明を始める。


「朝葉が部活しばらく休みたいって先生に相談してたらしくて、それで昨日ズル休みして……先生が問い詰めたら、朝葉泣き崩れちゃって」


 私は自分の気持ちを伝えず、理由も話していない。だから、みんなから私がそう見えていたのは、仕方のないことだとわかっている。

 それでもいざ口にされると、虚しさで傷口が抉られるようで、ひりついた痛みを感じた。


「ねえ、朝葉」

 杏里が私のすぐそばにしゃがみ込み、顔を覗くと手のひらを重ねてくる。


「ちゃんと先生や先輩たちに謝ろうよ」

 溢れ出てきそうな感情を堰き止めるように、下唇を強くかみしめた。
 ……私がいけなかったんだ。部活なんて休まなければよかった。

 朝比奈くんの自転車の後ろに乗って、駄菓子屋さんへ行ったのは、みんなにとってはずる休みでしかない。


 でも……楽しかった。あの時間があってよかった。あれがなかったら私は、今以上に心が砕けてしまっていた。


 勢いよくテーブルを叩くような音がして、反射的に顔を上げる。
 ずっと話を聞いていたらしい朝比奈くんが、不機嫌そうな面持ちでこちらを睨んでいた。



「なんでこいつが一言も喋ってねぇのに、決めつけてんだよ」

 彼が唇を動かした瞬間、なにかを言われる覚悟をして身構えたけれど、朝比奈くんの怒りは私ではなく近くにいる杏里たちに向けられている。


「っ、朝比奈くんに関係ないじゃん!」

 私から手を離し、立ち上がった杏里が反論すると、更に朝比奈くんの表情が険しくなった。


「謝るってなんだよ。お前らが決めることなのかよ」
「だからっ」
「お前ら、誰のこと見てんの」

 私に視線を向けた朝比奈くんと視線が重なる。この人は、私のことをちゃんと見てくれている。そう実感した。
 顧問の桑野先生でも、部活の先輩や友達でもなく、最近まであまり関わりのなかったクラスメイトの朝比奈くんの方が、間宮朝葉という人間をきちんと見てくれているのだと思った。


「は? 意味わかんないんだけど。私らは事実を言ってるだけだし」

 彼女たちにとっての事実は、私にとっての真実ではない。

 上辺だけの話を聞いていたら、私がただのサボりで桑野先生に問い詰められて逃げ出しただけに見えるのかもしれない。

 けれど、どうして桑野先生に相談をしたのか、どうして休もうと思ったのかまでは、彼女たちは誰も聞いてくれなかった。


 友達といっても、心から相手を心配し合うような間柄ではない。彼女たちはみんな私がいないと都合よく扱える人間がいなくて困るのだろう。



「うっせぇな。事実かどうかよりも、今こんな風に泣いて、しんどそうな奴にかける言葉じゃねぇだろ」


 朝比奈くんの言葉は、真っ直ぐに私の心へ響いてくる。
 少々荒っぽい口調で、けれど優しく思いやりがある言葉を惜しみなく渡してくれるのだ。