「ああ、そのことか。部活をしばらく休みたいなんて言い出したから叱っただけだ。試合を控えた時期に甘えたことなんて受け入れてられないだろう」

 呆れたような桑野先生の声を聞いて、虚しくも再び痛感してしまう。
 私がどれだけ勇気を出して話に行ったのかを、この人はまったく理解してくれていない。


「休みたいって……だから昨日も体調悪いっていって休んだの?」

 誰かが漏らした一言が周囲に波紋を描き始める。黙り込んでいた人がぽつりと言葉を水滴のように落として、混乱が生まれていく。


「え、仮病?」
「うそ……ずるくない?」
「それなのに朝葉がいつも二年の中だと優先的に試合出てるし、不公平じゃん」
「気に入られてるからって、それはないよね……」


 私を見るみんなの目が冷たく刺すようで、身震いした。
 きっとなにを口にしても言い訳にしか受け取られない。


「そうなのか? 間宮」

 ズル休みをしたのかどうか、咎めるように桑野先生が私を見つめてくる。
 苛立ちと不快感を含んだ眼差しは、私の意見を聞く気があるようには思えなかった。


「は……っ、ぁ」

 息が苦しい。喉になにかが張り付いたように言葉が出てこない。


「朝葉ちゃん?」

 なにか言わなければ、肯定になってしまう。けれどなにから説明をしたらわかってもらえるのだろう。青年期失顔症のことは知られたくない。

 ——青年期失顔症。
 再度その言葉を意識したことによって、暗く冷たい場所に突き落とされたような恐怖に身を震わせる。


「間宮、しっかりしろ。大丈夫か?」

 桑野先生の声が聞こえてきたけれど、私は俯いたまま自分の足元を見つめることしかできない。
 周りには複数のバスケットシューズが見えて、自分が注目されているのが嫌でもわかってしまう。


 この場から逃げてしまいたい。
 いっそのこと、こんな自分を消してしまいたい。誰にも見られたくない。私のことなんて放って置いてほしい。


 涙で視界が歪んで、足が崩れ落ちていく。


 私を呼ぶ声をかき消すように両手で耳を塞いだ。
 焦ったような桑野先生の声が聞こえて、腕を強く引っ張られて強引に立ち上がる。



 とりあえず保健室へと色々と言っているのが聞こえたけれど、私はなにも答えられなかった。