「ちょっと、二年! 喋ってないで!」
眉を吊り上げた三年の先輩の怒声が飛んできた。
二年生達が慌てて口を噤むのを見ると、ひとりの先輩がため息を吐いて私を横目で見やる。
「間宮さんからも注意してよ」
「……すみません」」
爪が食い込むくらい手を握り、謝罪を口にする。
「でたー……朝葉ご指名〜」
近くにいる私たちにしか聞こえないくらいの小さな声で二年生の誰かが言った。
私にいつも大変だねと言いながら、本当はこの役割が自分じゃなくて良かったとみんな思っているのだろう。私だってできることならこの役割をやめたい。
先輩、どうして私を名指しするんですか。
二年生は他にもいる。私は部長でも、二年生のリーダーでもなんでもない。
それなのに毎回、注意をする役目は私で、ここがダメだなどと伝言係のような悪口を言わされる。
「朝葉ちゃん、大丈夫? 顔色が悪いけど」
気がつくと常磐先輩が私の近くに立っていて、心配そうに顔を覗き込んでくる。
……顔、色? 私は今、どんな顔をしているのだろう。
わからない。自分のことをまた見失う。好きなものは、なんだった? 私はどうしてバスケ部を辞められないのだろう。
「そういえば、桑野先生と話せた?」
「桑野、先生……」
顧問の桑野先生に相談したらどうかとアドバイスをくれたのは、常磐先輩だった。
私がなにかに悩んでいることに常磐先輩だけは気づいてくれて、部活のことなら先生に話してみたほうがいいと言ってくれたのだ。
「常磐先輩、あの」
なんて答えるべきなのか迷ってしまう。桑野先生に話に行ったけれど、私の気持ちに寄り添ってくれることはなく、結局なんの解決にもならなかった。
「なにしてる。部活はもう始まってるぞ!」
体育館の入り口から、野太い声が響き渡る。空気が一瞬にして、緊迫感のあるもの塗り替えられてしまう。
大股でこちらへと歩み寄ってきた桑野先生が、周囲を見渡す。そして私で視線を止めると、怒りを孕んだような瞳で睨みつけてきた。
「間宮、説明しろ。アップもせずになにしてた」
「あ……」
声がうまく出てこない。そんな私の後ろで、杏里が軽く背中を叩いた。
きっと早く答えたほうがいいという意味なのだろう。
「なんだ、きちんと話せ!」
「……っ」
嫌だ。やめて。そんな大きな声で、責め立てないで。
「先生、すみません。私のせいです」
萎縮する私を庇うように常磐先輩が声を上げる。桑野先生の視線が私から常磐先輩へ移り、眉間のシワが一層深く刻まれた。
「どういうことだ、常磐」
「朝葉ちゃんがこの間先生になにかを相談しに行ったみたいなので、その件について聞いていました」
相談という言葉に周囲が少しざわつく。庇ってくれたことは有り難いけれど、できればみんなの前で私が桑野先生に話に行ったことを言わないでほしかった。