視線を上げると、みんなが目を丸くて私のことを見ている。

 やめて、見ないで。

 私の異変に、顔がないことに、気づかないで。




「うっせーな」

 その声が聞こえた瞬間、教室から音が消えた気がした。
 不機嫌そうに顔を顰めている朝比奈くんが、自分の席に鞄を放り投げるようにして置いた。

 教室の雰囲気が緊張をはらみ、朝比奈くんの言動に注目しているのが伝わってくる。



「予鈴鳴ったんだから、自分のクラス帰れよ」

 壁にかけられた時計を見ると、八時二十五分を過ぎていた。いつのまにか予鈴が鳴っていたみたいだ。


「……こわ」

 杏里が小さな声で呟くように言うと、他の子の手を引いて教室を出ていく。

 私は彼女たちに声をかけることなく、ただ去っていく後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 また朝比奈くんに助けられてしまった。
 私の席からはもう彼の後ろ姿しか見えないけれど、機嫌が悪のか頬杖をついているみたいだ。



 朝比奈くんが来てくれなかったら、私の心は更に壊れてしまっていたかもしれない。







 放課後、逃げ出したい気持ちを抑えて部活へと行った。ジャージに着替えてストレッチをしていると、自然と二年生が集まってくる。

 今日の部活のメニューなどを話していると、杏里が私の方を見ると、気まずそうな表情で話を切り出す。



「てかさ、朝比奈くんってマジで怖くない?」

 今朝のことが朝比奈くんへの印象を悪くしたらしい。周りの子達も身を乗り出すようにして声を上げる。

「思った! 性格悪すぎ」
「ああいう奴って危ないし、朝葉も関わらないほうがいいって」

 朝比奈くんの言い方はキツかったかもしれないけれど、それは私を助けてくれたからだ。

「口は確かに悪いけど、でも朝比奈くんって話したら案外怖くないよ」
「えー……朝葉優しい〜。さすが」

 わかってもらいたくて口にした私の言葉が、別の方向に受け取られてしまった。焦って考えを巡らせるものの、上手い言葉が浮かばない。


「あれじゃない? 朝比奈くんもさ、好みだから朝葉に優しいんじゃない?」
「あ、それありそう! モテモテじゃん」
「……違うよ」


 私の弱々しい否定は、誰にも届いていないらしく朝比奈くんは私のことを好きだからだと決めつけて盛り上がっている。

 違う。そういうことじゃない。朝比奈くんは、私の事情を知っているから声をかけてくれたり、庇ってくれた。


 性格悪くなんてないよ。危なくなんてないよ。



 どうして関わるなって決められなくちゃいけないの。
 どうして朝比奈くんの気持ちを決めつけるの。