「あの頃ね、私にとって朝比奈くんみたいな人は憧れだったんだ」
「は? 俺が間宮の憧れ?」

 屈託のない笑顔に、人が集まるような明るさ。物怖じせずに自分の意見を言える強さと、先生や他のクラスの人に名前を覚えられているような顔の広さ。


 小学生の頃は、担任以外の先生に名前を覚えられていないこともあった。一度も同じクラスになったことがない子にだって、あの子誰?と言われたこともある。

 そのくらい私は目立たない大人しい生徒だった。
 だからこそ、朝比奈くんに憧れていて、羨ましくて妬ましくて、苦手だった。


「中学の頃なんて、間宮は憧れられる方だっただろ。まあ、今もか」

 生温い風に私の鎖骨あたりまで伸びた黒髪が靡く。乾いた笑みを浮かべながら、そっと目を閉じる。


「憧れていた自分に近づけた気がしていたけど、今となったらそれが原因で、こうなっちゃったのかな」

 私の環境は中学でバスケ部に入ったことで急激に変化した。
 バスケのときに邪魔にならないようにと、重ためだった髪を短くすると明るくなった、かわいくなったと言われることが増えた。そしてバスケ部の子たちと一緒にいるようになり、自分の役割のようなものが段々わかってきたのだ。


 元々勉強はできるほうだったので、周りからテスト前に頼られることも多く、まとめ役のポジションになっていた。中学の頃はそこまで苦痛ではなかったのは、きっとバスケ部の人たちの関係が良好だったからだろう。

 高校に入り、戸惑ったのはバスケ部の先輩との不仲。
 そして、少しでも先輩から気に入られれば、同級生から悪意を含んだ発言を向けられる。

 中学の頃の頼られている立ち位置から、頼られているけれど利用もされている立ち位置にいるように感じてからは、苦しさが加速していった。


「寄り道、すんぞ」
「えっ?」

 慌てて目を開けると、朝比奈くんが自転車を漕ぐスピードを速めていく。振り落とされないように肩を掴み、金髪の上に顎をのせる。


「っ、なにしてんだよ! 重い!」
「だって速すぎ!」

 必死にしがみついていないと落とされてしまいそうで怖い。


「絶対首しめんなよ!」
「なにそれ、フラグ!?」
「ふっざけんな、大真面目に言ってんだよ!」

 互いに声を上げて騒ぎながら自転車が前進していく。
 怒って「離せ。降りろ」と言ってくる朝比奈くんに、私は笑ってしまう。


 そんなことを言いつつも、ブレーキをかけるときや足場が悪いときは事前に教えてくれる。今まで私が見ようとしていなかっただけで、彼は優しい人だ。


「つーか、力強すぎて肩痛ぇ! 馬鹿力かよ!」


 ……優しい人だ。ただし、口は悪い。