そういえば養護教諭は、体調や怪我に関することだけではなく、保健室に相談に来る生徒の心のケアもする。
 中学の頃も、高校に入学したばかりのときも、心の相談室として保健室の先生を頼るようにと説明を受けたのをぼんやりと覚えている。


「親に言いたくないなら、あいつに相談すんのもありだと思う。頼めば、誰にも言わないだろうし」
「……あいつ?」
「雨村」

 つい先日も私が倒れたときにお世話になった叶ちゃん先生のことだ。
 叶ちゃん先生なら他の先生よりもマシだとは思う。けれど打ち明けるのには、私の中でかなり勇気が必要だ。


「でもなんか勘づいてるっぽかったけど」
「えっ!」
「さすがに俺からはなんも言ってねぇよ。本人も間宮から話すまで待つつもりらしいし」

 なんだか親しげに聞こえて、仲良いんだねと口に出してしまった。すると朝比奈くんは、少し不機嫌そうにため息を吐いた。


「昔から家が近かったから」
「え? 昔からの知り合いなの?」
「雨村がさっき話してた従姉」
「そうなの!?」

 見た目もまったく似ておらず、苗字も違っている。そのため養護教諭と聞いても、叶ちゃん先生=朝比奈くんの従姉という連想をしていなかった。


「誰にも言うなよ」
「内緒にしてるの?」
「周りにバレると色々めんどいし」

 昼休みに朝比奈くんに会いに行ったときに、軽い口調で話しかけてきた人たちのことを思い出す。確かにあの人たちに知られたら、少し面倒くさそうだ。


「まあ、間宮と話してたってだけであいつらうるさかったけど」
「私たちって今まで関わりなかったもんね」

 小学生の頃から、ずっと朝比奈くんと同じ学校だけど、こんなに会話をしたのは初めてだ。だからこうして今彼の自転車の後ろに乗っているのは不思議な気分。


「現実じゃないみたい」
「は?」
「朝比奈くんとふたりのり」
「現実ですけど」

 ロマンチックのカケラもない返答をされて、わざと大きなため息を吐く。


「朝比奈くんは女心をわかってない」
「るせー、別にそんなもんどうだっていいわ」
「でも私、今楽しい」
「あっそ」

 今日は梅雨の晴れ間で、湿度は高いけれど空が澄み渡っていて心がいい。
 最近は部活の時間が迫ってくることを気にしていて、部活が終われば早く家に帰りたくてたまらなかった。こうして空を見上げる余裕すら、私にはなかった。


「あ。この道、はじめて通った」
「近道」
「私も自転車にしようかな」

 決められた道を毎日通っているバスとは違って自転車なら自分でルートを決められる。走る速度だって自由だ。

「足疲れるからやめとけば」
「私バスケ部だよ」
「あー、そうだったな。中学の頃からやってるし体力あるか」
「中学の頃もバスケ部だったこと知ってるの?」

 前方から「は?」気の抜けたような、少し怒ったような声が聞こえてくる。

「中学一緒だっただろ」
「それはそうだけど! でもさ、あんまり関わってなかったでしょ」
「部活くらい覚えてる」

 そういえば私も朝比奈くんが一年のときはサッカー部で、二年生になるタイミングで辞めて、そこから見た目が派手になりはじめたことを知っている。関わっていなくても、案外知っているものみたいだ。


「間宮、ここの道がガタガタするから、ちゃんと掴まっとけよ」