「なに、言って……」
「たまには違うことをして、見ている景色を変えた方がいいんじゃね」
まあ、嫌なら別にいいけどと吐き捨てるように言うと、朝比奈くんは背を向けてしまった。
このまま彼について行かずに、バス停に行ったらいつもと同じ景色を箱の中で眺めながら家に帰っておしまいだ。
でも、彼の肩を掴んで後ろにのったら、一体どのような景色が見えるのだろう。
「朝比奈くん」
声に出した瞬間、私の心は既に決まった。足が自然と前に出て、彼の方に手を伸ばす。
「後ろ、のせて」
触れている肩が少しだけ揺れる。ため息を吐いたようにも、小さく笑ったようにも感じて、朝比奈くんの表情が見えないことがもどかしかった。
「ふたりのりは悪いことなんじゃねーの?」
「……今日だけ、悪いことする」
「じゃー、共犯な」
自転車にふたりのりという法律違反。それをするだけで心臓が不規則に跳ねて、体温が上昇していくように思える。
私と彼のちっぽけな悪いこと。朝比奈くんの肩を掴む手に力を入れて、私は自転車の後ろのわずかな場所に足を置いて立った。
朝比奈くんがペダルを漕ぐと勢いよく前進していく。
「落ちんなよ」
「落ちそうになったら、首掴む」
「道連れやめろ」
素早く返ってきた言葉に私は声を出して笑ってしまう。こんな風に自然と笑うのはいつぶりだろう。
私はいつも相手の顔色をうかがってばかりだった。でもふたりのりをしていると、相手の顔は見えない。なんだか気持ちが楽になっていく。
「ねえ、なんで金髪なの?」
「いつかできなくなるから」
「なにその理由」
「大人になると、好き勝手できなくなるだろ。だから今のうちに好きなことしてるだけ」
湿気を含んだ緩やかな初夏の風に目の前の金髪が揺れる。当然のことだけど、朝比奈くんの後頭部を初めて見た。
……けれど、何故か既視感を覚える。
——ツツジの葉。隠れている青色のTシャツの少年。セミの鳴き声と、誰かが数字を数えている声がした。
記憶の隅に断片的な光景が一瞬見えたようが気がしたけれど、はっきりとは思い出せない。これはいつの出来事だろう。
「間宮は好きなことできてなさそうだよな」
「え……そうかな?」
「やりたいこととか、好きなこととか思い浮かばねぇの?」
「うーん……やりたいことや好きなことかぁ」
藤水堂のあんこが好きということは思い出した。けれどもっと私を形作るような好きなことや嫌いなことがなになのかがわからない。
「部活、嫌なのか?」
「え?」
「さっき部活に行こうとしてたとき、顔色悪かっただろ」
「好き、ではないかも」
バスケ自体は置いておいて、今の部の人間関係は楽しいものではない。
「ずっと苦痛で、それに気づかないようにしてたんだ」
だけど、部活に行かなくちゃいけないという義務を感じていた。逃げてはいけない。
一度自分で決めて入ったのだから、引退までやりきらなければいけない。そう思い込んでいた。