「青年期失顔症って発症期間や、治るきっかけは人それぞれで、自分の好きなものや嫌いなものを受け入れて、自分を認めていくことによって、治ることが多いんだよ」
「なんか意外。詳しいんだね」
「まあ、従姉がそういうカウンセリングの勉強してたから覚えた」

 朝比奈くんに関して意外な発見が増えていく。面倒くさがるだろうし、口止めをしたらすぐ何処かへ行ってしまうだろうと思っていた。

 それなのにこんな風に心配してくれるなんて思いもしなかった。


「間宮を精神的に追い詰めていたことがきちんと解決しないと、多分治らねえとおもう」

 このままでは治らない。一日でもこんなに精神的に苦痛だというのに、のっぺらぼうのままずっと過ごしていくのは耐えきれない。


「どうしよう。私……っ自分の顔が思い出せないの。……っ、わけわからない」
「落ち着けって。とりあえず、雨村に相談したら」

 雨村——養護教諭の叶ちゃん先生のことだ。

 朝比奈くん曰く、学校にいる養護教諭は青年期失顔症のカウンセリングもしてくれるらしい。

 彼がなぜそこまで知っているのかはわからないけれど、親や顧問に相談するよりも叶ちゃん先生に話す方がいい気がする。けれど、大人は私たちの本当の気持ちを理解してくれない気がして躊躇う。

 桑野先生だって、両親だって、わかってくれなかった。


「少し、考えてみる」
「……とりあえず、ノートにでも自分の好きなものや嫌いなもの書いてみれば」
「へ? なんで?」
「そういう療法もあるんだと。自分を見失っている状態らしいから、ノートに言葉として書き出して、自分を理解していくことが大事らしい」


 まるで朝比奈くんはカウンセラーのようだ。話し方はぶっきらぼうだけど、私のことを心配して助言してくれていることは伝わってくる。

 たぶん、彼はいい人なのだと思う。それは昔と変わらない。ただ私が勝手に苦手に思っていただけだ。



「間宮はすごいと思う。周りに気を配って、好き勝手利用してくるやつにも優しくしてやってて。だけど、疲れたら休んでいいんじゃねぇの」


 ——バスケが嫌いになったとかじゃないの。でも……休みたいの。

 お母さんに打ち明けたとき、後悔するから続けなさい。ちゃんと部活に行きなさい。そう言われてしまった。



 ——少しでいいので部活、休みたいです。


 桑野先生に打ち明けたときだって、甘えていると言われた。
 親や先生よりも遠い場所にいた朝比奈くんがどうして私が欲しい言葉をこんなにもあっさりとくれるのだろう。


「え、ちょ、なんで泣くんだよ」
「……私泣いてる?」
「目も鼻も真っ赤」

 指先でおそるおそる頬に触れる。濡れた感覚があり、彼の言う通り私は今涙を流しているみたいだ。


「朝比奈くん……また私と話してくれる?」
「俺みたいのといると間宮が悪目立ちすんだろ」

 私のことを気遣って言ってくれているのはわかる。それに異性というだけで、妙な噂を立てられかねない。けれどもっと話してみたい。

 今まで苦手だと思って関わることを避けていたのに調子がいいかもしれない。でも彼の言葉をもっと聞いてみたい。


「青年期失顔症のこととか朝比奈くん詳しいから色々教えてほしくて」
「事情があって人に言いたくないのはわかった。……なんかあったら適当に連絡して」
「……ありがとう」

 連絡先だけ交換すると、朝比奈くんは先に美術室から出て行った。


 昨日から心にぽっかりと穴が開いているような感覚があり、普段よりも感情が揺れやすいように感じる。

 けれど朝比奈くんの前では、肩の力がいつのまにか抜けていた。



 私は今まで自分をよく見せようとしてばかりで、周りの人のことをきちんと見ていなかったのかもしれない。