「でも、決めたから」


倒れかけたわたしの腕を引いて、拓磨が起こしてくれた。

膝を突き合わせて向かい合っていると、世界にふたりきりになったように錯覚する。

まるで、あの夜のような。

野外だというのに人の気配がまるでなくて、ただ川のせせらぎだけが止まらずに時間の経過を知らせてくれるからだろうか。


「父さんがしなかったことはぜんぶおれがやる。あの腑抜け、すかぽんたんって罵りながらなら、なんだってできる、気がする」


この際、表情と発言がちぐはぐで、かつ言っていることがことごとく残念なことには目を瞑ろう。

その大口をお父さんの前でも怯まずに開けるのなら、また見方も変わってくる。


「逃げたかったんだ。本当は。いつか絶対に出ていってやるって思ってた。だから、仁美が逃げようって言ってくれたことは本当に心強くて、夢みたいで、縋りたいって、おもって」

「うん、うん」


ぽろぽろと涙を零すから、ぎょっとした。

ちょっとは我慢しようと思わないのだろうか。

でも、素直にこうして涙を流せるのは、少しだけ羨ましい。

くちびるを噛む癖を覚えたり、息を止める間を長く保たせられるようになったら、妙な意地も助長して泣くことの方が難しくなる。


「八方塞がりだったおれに、風穴を開けてくれたんだ。仁美が。逃げ場所があることはそれだけで、抱えきれないほどのちからをくれる」


拓磨を隠したいと、守りたいという想いが呼吸を始めた瞬間のことを思い出す。

頭よりも先に、心が気付いたのだろう。

誤解もあったけれど、まともに話をするのは何年ぶりだかわからない間があって、真夜中に彷徨う姿を見つけたのだから。


見つかる前に隠したいと思ったこと。

誰の目からも、誰かの目からも、拓磨を隠したかった。