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「ああ、仁美ちゃん。拓磨を見らんかったか?」
「見てないよ」
窓辺の低い椅子に腰かけて外の様子をうかがっていると、生垣の向こうをせかせかと歩いていたおじいさんがわたしを見つけて足を止めた。
この先の角の家の升野さんだ。おばあさんの方が大層性格がひん曲がっていて、老成に至るには程遠いせいで、おじいさん共々煙たがられている。
こういうときには駆り出されるのだなあ、なんて考えながら、杖を片手に去っていくおじいさんの背中を見送る。
「ほんとうに一晩泊まる気?」
狭い屋根裏部屋の真ん中に敷いた布団に寝そべる拓磨は、眠そうな目をこすって鷹揚に頷く。
月明かりに照らされて浮き彫りになった口元の笑みと潤んだ瞳は、同い年とは思えないほどに艶っぽい。
「静かに眠れそうにもないけどね」
もう日付を跨ごうとしているのに、町中の家という家の明かりが灯っている。
篝火のような、懐中電灯の明かりがそこかしこを走り回っていて、時折家の前で止まる。
今日はうちのじいちゃんもばあちゃんも留守だから、家にはわたししかいない、ことになっている。
いちいち玄関を開けて応対するのも面倒で、ここから身を乗り出して外をずっと眺めていた。
人の声が生むざわめきはこれほどまでに心をかき乱すものだっただろうか。
それとも、今町中の人が総出で探している人物を、わたしが背後に匿っているから、こんなにも。
「平気か。顔、真っ青だ」
「わっ……へ、平気。それより、顔出さないで」
「地上からこの位置は見えない」
布団から這い出てきた拓磨は、人の忠告を耳に入れながらも聞き入れるつもりはないようで、わたしの陰からそっと頭を出した。