4.
二十年後──。
「船長ー!」
「おー、どうした」
「航路順調です! 嵐は進路をずらしました! 航海続行できそうです!」
「お! そうか! じゃぁ予定通り航海するぞ!」
船長がその知らせを無線で送る。やがて、客のいる船内に航路変更のアナウンスが流れた。嵐の進路変更により、航路は安定。別の港ではなく予定通りの港に着くと知った乗客たちから歓声が湧いた。何しろ次の港は夜景が楽しめることで有名な港だ。
「いやー、良かったですね普通に進めて」
「全く持ってそのとおりだ……まぁ、今回は物分りの悪い客が少なくて助かったけど」
後輩の若い航海士が頭を掻きながら近づいてくる。船長に知らせをした航海士──誠は、肩を竦めて苦笑した。
「あー、楽しみだなぁ次の港! 絶景なんでしょう?」
「何度見ても飽きないよ」
「最高じゃないですか!」
目を輝かせる後輩に、誠はハハッと笑った。
風が強い。飛びそうな帽子を抑えた。太陽の光が海面を照らしていて、とてもこのまま進めば嵐にはぶつからない。不安もないわけではないが、長年の腕には自信がある。
中学受験は、名前だけ書いて白紙で出して、公立に通った。高校も公立高校で、通いながら必死でバイトし続けた。大学は商船大学に通う旨を伝えたとき、親とようやく向き合って話をするに至った。夏休み頃からの誠の突然の反発に両親は戸惑っていたが、誠が「本当はずっと船乗りになりたかった。通わせてもらえないのなら縁を切って自力で行く」と言ったことで、自分の息子の気持ちを全く聞こうとしなかった自分を恥じたようで、二人は誠の言葉を受け入れてくれた。
結果、彼は30を越えた今、航海士として立派に働いている。嫁も彼女も今のところ出来ておらず、同期や先輩に揶揄されることも多いが、今はこのままで幸せだ。
「さて、港までの時間が長くなるな。今のうちに飯食べてこいよ」
「いいんですか?」
「早くしろよ」
「はい!」
後輩の背を見送る。きっとよほど腹が減っているのだろう。後輩の背が見えなくなって、誠はまた海面を眺めた。
もう声は覚えていない、もう顔も覚えていない。ただ覚えているのは、彼が誠に最後に言った、人生を変えた言葉だけ。
大海に臨め。
海面が通り過ぎる。いつかの大いなる海賊の瞳と同じ青が、勇ましく彼を迎えていた。
二十年後──。
「船長ー!」
「おー、どうした」
「航路順調です! 嵐は進路をずらしました! 航海続行できそうです!」
「お! そうか! じゃぁ予定通り航海するぞ!」
船長がその知らせを無線で送る。やがて、客のいる船内に航路変更のアナウンスが流れた。嵐の進路変更により、航路は安定。別の港ではなく予定通りの港に着くと知った乗客たちから歓声が湧いた。何しろ次の港は夜景が楽しめることで有名な港だ。
「いやー、良かったですね普通に進めて」
「全く持ってそのとおりだ……まぁ、今回は物分りの悪い客が少なくて助かったけど」
後輩の若い航海士が頭を掻きながら近づいてくる。船長に知らせをした航海士──誠は、肩を竦めて苦笑した。
「あー、楽しみだなぁ次の港! 絶景なんでしょう?」
「何度見ても飽きないよ」
「最高じゃないですか!」
目を輝かせる後輩に、誠はハハッと笑った。
風が強い。飛びそうな帽子を抑えた。太陽の光が海面を照らしていて、とてもこのまま進めば嵐にはぶつからない。不安もないわけではないが、長年の腕には自信がある。
中学受験は、名前だけ書いて白紙で出して、公立に通った。高校も公立高校で、通いながら必死でバイトし続けた。大学は商船大学に通う旨を伝えたとき、親とようやく向き合って話をするに至った。夏休み頃からの誠の突然の反発に両親は戸惑っていたが、誠が「本当はずっと船乗りになりたかった。通わせてもらえないのなら縁を切って自力で行く」と言ったことで、自分の息子の気持ちを全く聞こうとしなかった自分を恥じたようで、二人は誠の言葉を受け入れてくれた。
結果、彼は30を越えた今、航海士として立派に働いている。嫁も彼女も今のところ出来ておらず、同期や先輩に揶揄されることも多いが、今はこのままで幸せだ。
「さて、港までの時間が長くなるな。今のうちに飯食べてこいよ」
「いいんですか?」
「早くしろよ」
「はい!」
後輩の背を見送る。きっとよほど腹が減っているのだろう。後輩の背が見えなくなって、誠はまた海面を眺めた。
もう声は覚えていない、もう顔も覚えていない。ただ覚えているのは、彼が誠に最後に言った、人生を変えた言葉だけ。
大海に臨め。
海面が通り過ぎる。いつかの大いなる海賊の瞳と同じ青が、勇ましく彼を迎えていた。