「もう手を離しても大丈夫だ。お前、何組?」


 瞬きを忘れていた時環を、幸哉は思い出させた。


「二組。あ、教室は二階」

「はいよ」


 時環の通う学校なのだから詳しいのは時環の方で、時環が先陣を切るのが普通の構図なのだが、何故か幸哉が先頭を歩き、時環は幸哉について歩いていた。


「いいなあ制服。俺も久しぶりに着たくなってきた」

「コスプレじゃん。てか、制服まだあるの?」

「普通にハンガーに掛けてクローゼットの中だ。思い出は残す主義な物で。お前のクローゼットと違って衣服以外も何だって直ぐに取り出せられる」


 見たことないくせに。

 と言うと、見せろと言われそうで言わなかった。整頓が出来ていないわけではないが断捨離が出来ない性質上、物が多すぎるのだ。小さい頃に幸哉に宛てて書いた手紙などが出てきてしまえば、恥ずかしさで死にたくなる。


 ――学校の授業の一環で、結構書いたんだよなあ。手紙じゃなくて作文でも身の回りの人のことについて書くっていうのあったし。


 時環も思い出を大事にする質なのだ。幸哉と違って残すものを選べない。


 誰も部外者である幸哉を気に留めなかった。見覚えのない先生だと思っているにしても、通りすがりの青年に誰一人として一瞬も目を向けないのはおかしな光景だ。

 まるで自分達の姿が見えていない。