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 時計店に戻ってくると、淹れ立てのコーヒーの香りが鼻についた。


「ただいまー」

「二人とも、お帰り」


 父親が注ぐ音は食欲をそそり、幸哉は帰って来るや否やシンクの前に立った。胸ポケットに入れていた物を取り出して濡れないようにカウンターの端に置くと、洗面所ではなく流しの所で手洗いを済ませる。コーヒーと一緒にサンドイッチを食べたい気分になり冷蔵庫の中身をチェックした。


「間に合ったみたいだね」


 時環を見ながら、斗夢は幸哉に向けて呟いた。


「余計なことを言うな」


 幸哉も斗夢の方を見ず、視線を手に持ったトマトに向けたまま返した。

 時環は幸哉と斗夢の間で行われたやり取りの意味が分からず遠くから首を傾げていた。追求はせず、洗面所に行こうと二人に背を向ける。

 ふと、窓際の二人席が目についた。


「あれ?」


 机の上の旅行キ達は変わらず出されたままだ。けれど少し違う 。規則正しく並んでいた箱の一つが乱暴に広げられている。その赤い箱の蓋は開いていて、中に時計の姿はない。机のどこにも見当たらない。

 赤い箱に収められていた旅行キは――


「旅行機が無くなってる……」


 客でも来たのだろうか。それなら箱ごと渡す。何より幸哉が箱をこんな風に広げたままにしていることを時環は信じられなかった。

 泥棒という可能性も浮かんだが、それにしては斗夢は何も言っていない。店の中も荒らされた雰囲気がはなさそうだ。


「時環ー、お前はジュースでいいか?」

「あっ、はーい!」


 手入れをするために取り出したのだろう。

 時環は幸哉が持っていたロープにこそ気付いたが、小さな持ち物には気付いていなかった。人が持ち歩くことに何の違和感がないそれは、今やただの時計となりカウンターの上でその身の音を刻んでいる。