他人に宝物を無くされ、それを損失したままにして良いわけがない。持ち主となる人の元に届けられなくなったからといって、時計の価値が失われるわけではないのだから。
自身に対する怒りと時計と幸哉に対する申し訳なさが入り交じり、時環から涙が溢れ出た。例え針が止まっていても迎えに行かなくてはならない。時計店に連れて帰ればきっと店主が助けてくれる。
足を踏み出したくとも時環の目の前の青年は行かせてくれなかった。気持ちを汲み取り、冷酷な彼は消えていつもの穏やかな表情が戻る。。時環が伝えていなくとも、幸哉はとうに時環を許していた。
「怪我がなくて良かった。無事でいてくれてありがとう」
そもそも怒っていたのは身を投げ出そうとしたことに対してだけだ。
幸哉は時環の頭を撫でると、手に持っていたロープを巻いた。時環を助ける際に命綱として使用した物だ。
「帰ったらきちんと手当しような。さっさと配達を終わらせるぞ?」
「……うん!」
任されたはずのお使いは、結局二人で行うという意味の無いものとなる。
涙が乾き、悲しみから生じる頭痛からもある程度解放され、気持ちが軽くなってきた頃。幸哉と並んで歩きながら、時環は幸哉が手に持っているロープを見た。
消毒液よりも偶然なんて言葉が似合わない持ち物であり、サイズ。
――何でロープなんて持ってるんだろう。
頭痛はまだ鳴り止まず、震えた涙声になる気配を感じて発することが出来なかった。元の声が出せるようになった頃には話の話題に困ることも無くなって、疑問は機会がなければ再び疑問に感じることはないという。