胸元を軽く触れるだけで確認出来てしまう存在は手で感じ取れなかった。時環の顔色はみるみる内に青くなり、信じたくない思いのあまりに視界で確認をとる。内側のポケットにあった筈の箱はそこに収まっていない。
「えっ……あれっ……」
時環は冷静な思考回路で思い出すことが出来なかったが、思い当たる節は十分にあった。ノートに手を伸ばすのと足場の安全に神経を集中させていたとき、身に宿る異物がスッと降りたような感覚。実際には抱えていた荷物だった。
おそらく、いや、きっとそうだ。
時環の動揺から、何も言わずとも幸哉は察している。だからこそ時環はなおさら幸哉の顔が見れない。逃げるように背中を向けた。
「下に降りて探してくるっ」
足を踏み出すより先に、幸哉に手首を掴まれた。誤解を招かねない行動だと考えた幸哉は時環が恐れている言葉と誤解を招く声を発しないように気をつけるも、父親のことを想うと笑うことは出来ず、精一杯の静かな声で告げる。
「いいんだ。あれはもういい。破損しているかもしれないし、していなくても落ちた物を相手先に届けるわけにはいかない」
「そういう問題じゃないんだ! 時計は幸哉さんの――っ」
我が子のように愛おしげに触れていた姿が脳裏に過る。
「俺の? 作ったのは父さんだ」
「そうじゃ……ないんだ……。ごめん、ごめんなさいっ」