忘れ物でもしただろうか。

 聞こうとして、時環は続きを声に出せなかった。時環を見る幸哉の目が怒りに満ちていたからだ。


 普段は父親に似て温厚で、気遣ってくれる優しいお兄さん。そんな幸哉が今は冷ややかな目で時環を見つめている。見慣れないその表情に時環は反射的に怯んだ。


「馬鹿が! 仕事サボって命を捨てに行く奴があるか! 何とか間に合ったから良かったものを、もしもあと少し俺が遅れてみろっ、お前は病院のベッドか天国行きだ!」

「ごめんなさい……」

「大怪我したらその分金もかかる。お前が返そうとした恩が仇に変わるんだ。嫌だろ!? 何より刻間さん夫婦が悲しむんだよ。どうしてそういうことを考えてから行動しない!」


 幸哉の言っていることは正しい。自分の軽率な行動が招いた結果であり、一歩間違えば幸哉も巻き込んで落ちていた。最も最悪なその未来を想像すると、言い返せることは何も無くなる。

 俯いて無言を貫く時環を見て、安堵から襲われた幸哉の精神に落ち着きが戻った。最後にもう一度、時環に対する呆れが大きく含まれた盛大なため息を吐く。自分自身を安心させる。


「時計は?」

「時計……」