掴み所の浅い壁に手をかけるが力を加えるには面積が足りなかった。持って一秒程度。落下を覚悟して目を瞑った。

 上から強い力で片腕を掴まれ、引っ張られている感覚を生じる。手首と脇の痛みが驚きと恐怖を上回り、時環はゆっくりと両目を開けた。


「幸哉さん!?」

「間に……合った……」


 見上げた先に映ったのは思いにもよらない人物。握りつぶすのではないかと疑う力で時環の腕を掴む幸哉は、切羽詰まった自身の感情をぶつけているようだ。

 時環は今の状況よりも、幸哉の存在に気を取られた。


「なんで……っ」

「んなこと今はいいから! 空いてる手足を壁にかけて少しでも体重を預けろ! 俺の腕力が無限に続くと思うなよ!?」

「はっ、はい!」


 最もな罵倒を浴びせられ、ようやく状況を再度理解した。

 無事に上がれれば幼き少女のように姉……この場合は兄。知り合いのお兄さんからの説教が待っているだろうなど、悠長なことを考えている場合ではない。