橋の向こうからクマのぬいぐるみを抱っこした少女が、誰かの名前と思わしき言葉を叫びながら走って向かってくる。時環と年齢が近そうな彼女はクマと妹の違いに気付くのにある程度の距離を歩いてしまったのかもしれない。視力は両目とも落ちていない。


「じゃあね、お兄ちゃん」

「ノートはもういいの?」


 一心に見つめて離さなかったというのに、少女の心変わりは早かった。


「うん。あれを見ると、お姉ちゃん悲しいんだって。だから私が回収しようとしたことは秘密。楽しい思い出が悲しい思い出に勝てたらいいんだけどね」


 ノートは少女にとって当初の目的であり、ついでの目的。姉に置いて行かれたと気付いた頃には迎えを待つことが最優先となっていた。

 そして今の少女が優先すべき目的は、あのノートを再び姉の目に触れさせないこと。


 駆け寄ってくる姉のところに自ら向かい、幼き少女は説教を受ける。その中には知らない人と一緒にいることも含められていた。それを知らない時環は彼女の姉から少しばかり不審な目を向けられる。やがて二人とも立ち去った。


「楽しい思い出は悲しい思い出に勝つことが出来ない……」