自分の日記を捨てられたわけではないらしい。
「あそこ」
少女が指をさした先を時環は目で追った。好奇心の元凶が石壁の段差のところに落ちている。あそこは一般人が立ち入るには不可能だろう。川に落とそうとして届かなかったようだ。
「どちらがあの日記を地面に落とせるか、北風さんが太陽さんに勝負を挑んでくれるのを待っているの。強い風でノートが落ちたら拾いにいけるでしょ? 塗れたノートは太陽さんが乾かしてくれる」
一度水に濡れた物が乾いて元通りになるかは別だ。完璧には戻らないと、幼い少女に告げていいものだろうか。とうにピュアな心は忘れている。
「お姉ちゃんに言ったら、『馬鹿なこと言ってないで帰るよ』って。私が持っていたクマのぬいぐるみを私の手と勘違いして繋いで、先に帰っちゃったの」
「天然? 気付くだろ普通」
処分に失敗して焦っていたなら納得だ。
時環は日記を記すマメな人間ではないが、もしも記していたとして誰かに見られるのは恥ずかしい。他人や身内等関係なく、日記は書いた本人の物、許可無く見てもいいのは本人だと思っている。
しかし少女の姉も時環と同じ気持ちであるのならば、そんな大事な物は家のお風呂で捨てなさい。拾い上げられる外ではなくて、安全に処分出来る家の中で。もちろん火は使わずに。
「あ、お姉ちゃん」