川を跨ぐ大橋は意識的に身を乗り出さない限り落下しない造りとなっているが、高所に恐怖を抱くことなく橋の下を覗き込んでいる小さな少女がいる。

 自分のことで精一杯だった昔とは違い、時環も年下を気にかける年齢となった。釣られて視線の先を追いかけたが、段ボールに入った犬や猫が流されているわけではなさそうだ。誰か人の姿が見えるわけでもなく、小学校中学年くらいの少女が何を見ているのか気になった。


 橋の高さよりも、知らない人に話しかけられることの方が少女にとって怖いだろう。しかし好奇心が勝ってしまい、同じ子供の年齢だと分かる中学生の自分なら大丈夫かもしれないと、時環は我慢を緩めてしまった。

 落ちたら危ないから、聞いてみるだけだと自分の中で言い訳もして。


「どうしたの?」


 腰を曲げて、背丈を低く見せながら時環は話しかけた。少女は人に慣れているのか時環に驚いた様子も警戒するそぶりも見せない。知らない人間が話しかけてきた、それだけだとでも言うような眼差しで、まばたき一つせず時環の顔を見つめている。


「何か落としたとか?」


 少女は小さく首を振った。


「違うの……お姉ちゃんが、日記を捨てちゃったの。新しいのを買ったからもういらないんだって。高校生活の毎日の思い出を書いていたのに」