時環は幸哉を視線で追いかけた後、机の上に置きっぱなしにされている旅行キ達を見た。色の違う三つの箱に収められているそれぞれが幸哉を待っている。一つだけ箱という部屋を与えられず、机の上に向き出しになっている懐中時計も。
「あれ?」
箱に戻されていない時計がある。緑の本のチャームが付けられた小さな懐中時計。空いている箱は見当たらない。
「幸哉さん、一個入れ忘れてるよ」
「ああ、それは俺が試作で作ったアマチュア品だからいいんだ。客に出せるような代物じゃない」
「ふーん」
旅行記と旅行機と旅行祈。幸哉が作った旅行キは、この中のどれなのだろう。
旅行キではない、ただの時計という可能性を時環は思い浮かべなかった。掃除の際にいくつもの時計を目にし、使われている針が個々に特有のデザインであったが故だ。
その懐中時計の針に見覚えはあり、先ほど幸哉が見せてくれた旅行キのどれかと同じ物。勝手に箱を開けてはならないと判断し、かといって思い出すことも出来ず、時環は答えを出せなかった。
幸哉が戻ってきた頃には盆の上のカレードリアと季節外れの桜のシフォンケーキに意識を持って行かれ、回答を聞くどころか抱いた疑問すらも忘れてしまった。桜形の苺チョコレートやフルーツで華やかにトッピングされたシフォンケーキは、果たしてシフォンケーキと呼べるのであろうか。