乱暴な手に押しのけられ、少年は前へと崩れ落ちた。名残惜しげにキッチンに向かった母の方向を振り向いても、ガラスコップに注いだ水道水を一気に飲み干す背中が見えるだけで、その目が自分に向けられることはない。再び立ち上がって追いかけようとする前に、母の方から子がいる玄関へとやってくる。


「じゃ、また出掛けてくるからいい子で待っててよね」

「……いってらっしゃい」


 いってきます、の言葉はなかった。

 行かないで欲しいと少年は言いたかったが、口に出せば嫌われると直感的に感じ、毎日喉の奥に飲み込んでいる。母親は帰ってきては食べ物を置いていくが今日は何もない。自分の足で探しに行かなければ食事が出来ないと、静まり帰った暗い廊下にゆっくりと足を滑らせた。


 雷の音に怯えながら見つけた生野菜は決して美味しいものではなかったが、胃を満たすための食事などこういうものなのだろうと少年は深く考えない。

 食べ物も寝る場所も自分は至って普通、全ての人は皆こういった生活をしていると思い込んでいた。