あの頃のトキワは書かれてあった店の名前がどちらも読めなかった。ただ五つの漢字の下にカッコで囲われた三つの漢字が並んであったことは覚えている。その字を五年経った今は思い出すことが出来ない。
「あの看板って幸哉さんが――っ」
「書いてるよ」
店内に戻ったトキワはドリンクおかわりを差し出された。聞きたいことの好奇心が優先して、それがサービスの一つであることに気付かない。
「けど、メニューを書き換えるくらいだ。他は字が消えてこない限りはそのまま。店の名前が変わらない限り、書き換える必要も……店の名前の一部を消す必要も無い」
もしもトキワが自力で看板の変化に気付いていれば、自身の記憶違いかボードの字が消されたのだと自己完結をして気に止めなかっただろう。幸哉の言い回しからして記憶違いではなく、文字は今もあそこに存在している。
「ここは福沢時計店。そして……」
特定の人にしか見えない。奇跡の時計を求める人だけが見えるもう一つの名前。時間の戻しを心から願う人ならば、その名前に引かれて店の中へ足を運ばずにはいられない。
その名を――
「逆行店」
店内にある大きな古時計が、低音の音を響かせた。
お金を殆ど持てない子供であり、その字を読むことが叶わず、意味も知らないでいたトキワがあの日見えることを伝えられたのは運が良かったの他ならない。