「刻間さんには当時付き合っている女性がいた。でもその女性は子供を身籠もることが出来ない身体だった。跡継ぎを必要とする刻間さんの両親は猛反対して、刻間さんも女性とは別れて親の決めた相手と結婚しようとした。だけど……」
人が示した道に幸福はなく、彼は長い時間頭の中ですっきりとしない感情に悩まされた。
「後悔したんだ。自分が選んだ道を進むのではなく後ろに戻りたいと強く願った。その想いの強さが、普通の人は見ることが叶わない福沢時計店のもう一つの名称を彼に見せた。今のお前にはもう、『店』の字は一つしか見えなかっただろ?」
丁度オレンジジュースをストローで飲み終えたトキワは直ぐに椅子から降りた。
注文を受けてもいないにもかかわらず追加のジュースを用意し始める幸哉を余所に、飛び出すように外へ出る。かつての背と同じくらいの高さであるA型看板を確かめると、そこには「福沢時計店」の文字と「本日は休業しました」という知らせの文字。普段は知らせの箇所にカフェの日替わりメニューが記されている。
そしてこれらの二つの間に、あの日はもう一つ書かれていた。
五年前、確かにトキワには「店」の字が二つ見えていた。
『見せなくていい。それは店で何かを、自分の手でレジに持って行ったときにだけ見せて渡しなさい』
『ここも店……』
『え?』
『看板に書いてあった。『店』って字が二つ、並んでた』