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冷たい雨の雫が一つ、また一つと上から落ちる。
家というのは保護の役割を果たすものだが、年月が経ち古くなったその家は寿命へと近付いていて外の雨の侵入を防ぎ切れずにいた。他に落ちる場所などいくらでもあるのに、運悪く雨の一粒は畳の上ではなく小さな少年の頬へと落ちる。その雨の冷たさを少年は一生忘れることはないだろう。
「お腹……空いた……」
電気が止められたことにより真っ暗で、まともな家具など揃っていない。畳の上にちゃぶ台と使えもしない飾りと化したテレビ、殆ど何も入っていない棚と空っぽの押し入れがそびえ立っているくらいの空間だ。そんな場所で七歳の少年は一人、タオルを布団代わりにして横になっていた。
起き上がる気力が湧かず、かといって眠れもしない少年の目に瞳は宿っていない。しかし心はかろうじて生きていて、空の上の雷様の怒声を耳にした途端、素直に恐怖を感じた。罪の無い少年が身体を震わせても空は再び声をあげる。それを聞きたくないのと暗闇を照らす不気味な光を見たくなくて、少年は耳を押さえながら目を瞑り、唯一の盾であるタオルに顔を埋めた。
「おかーさん……」
何度呼んだところでその存在が現れるわけがないことは理解している。これまでだって一度も来てくれたことはなかった。
だから今、その呼びに答えるように開かれた玄関扉の音に少年は目を見開けた。音が身体の硬直を溶かす薬となり、希望をもたらされた少年は一目散に駆けだした。
「! おかーさんっ!」
力が加えられきちんと立つことが出来ていた足は止まれば素直にフラついた。それでも壁に手をついてどうにかバランスを保ち、たった一人の家族の姿を見上げる。縋るように向けた瞳に返されたのは、靴を脱ぎながら面倒くさそうに息子を見下ろす母親の目。
「なに?」
「あっ、えっと……おかえりなさい」
「……忘れ物を取りに戻ってきただけ。邪魔だからさっさとどいて」