非現実的な物事を望むくらいなら、僅かに希望のある現実に助けを求めよう。例え声が誰かに届かなくても、届くわけがないと思っていても。


「た……す……けて……」


 たすけて。

 たすけて。


 ポケットの中、千円札と共に入れられた堅い金属。今の少年が出せる精一杯の力でその塊を掴んだ。

 持ち主が死にそうになっていても、自分は生きていると表す音を鳴らしている。大きく、大きく、音を鳴らして存在を主張している。



 生きているなら。

 この声が聞こえるなら。





『君が生きている時間を、電池という命が続く限り刻み込んでくれる奇跡の時計。この懐中時計はきっと、一度だけ君を助けるチャンスを与えてくれるよ』





 ――どうか応えて。


「助けてよ!」





 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………視界が暗転した。


 夜眠るとき、寝る瞬間を覚えていようとどれだけ意識していても、人は知らず内に暗闇の世界に落ちてしまう。

 気がついたら朝になっていて、何時何分何秒まで昨夜の記憶があったのか覚えている人はいない。


 それと似たようなもの。

 特定の誰かに向けたものではない叫びをあげてから、少年自身は自分がどうなったのか知ることなく記憶がそこで途切れてしまう。どのくらいの時を挟んで目を覚ますのか。それについては時計を作った本人すら知らず未知の領域だ。


 苦痛の元であった息苦しさも寒気も消えていて、不思議に思いながら少年はゆっくりと目を開けた。

 家の廊下で全身を横たわらせていた身体は、どうしてか地に足を付けている。

 時刻は夕方くらいだと分かる空の色。そう――少年は今、外にいる。


「――え?」


 日付と時間、それを教えてくれたのも……少年がポケットに入れている懐中時計だった。