父親の出した結論を邪魔するわけにはいかず、幸哉はそれについて指摘することをしない。またいつか、機会が訪れたときに少年が知らないままなのだとしたら今度は泣かせずに伝えようと思う。

 少しの戸惑いを見せた後、少年はコクリと頷いてその場から走り去った。
 半ば押し付けたものに、お礼の有無など気にしない。相手は小さな子供なのだから。


「いいのか? タダで渡して。あれは別だろ」

「一人息子がやたら気にかけていたからな。あれさえあれば、行動次第で最悪な事態は回避出来る」

「一度だけ、な」


 その奇跡の一回を、彼はどのように使うのか。

 使う未来など来ないのが一番であるが、人間生きていれば必ず高い壁に遭遇する。ただ立ち塞がっているだけの壁ならまだしも、自身を潰そうと倒れてくる、大きな壁に。


「……許されるのは、小学生まで」


 名前しか知らない小さな少年の立場を、幸哉は再び頭に思い浮かべた。

 中学生からは内申に関わる。将来のことを考えるならば、辛くとも戦わなくてはならない。

 小学校で傷つけられて中学校に通えなくならないように、今は精神面の体力を温存することを許される。


「大事な時に頑張って、肝心なときに壊れて頑張れなくなったら、それこそ頑張り損だもんな」


 親子二人しかいない空間。この時間になれば、客は早々来ない。

 今日この日、この時間に、珍しくもドアベルが来客の訪問を告げた。


 二人は驚かなかった。むしろ、その客が来ることを想定していた。