◇◇◇◇◇


 地の感覚が少しず消えていくのを感じながら、時環は自室のクローゼットに身体を潜らせた。

 何年も放置しているこの奥は、大学生になった今も手を伸ばした記憶がない。この時間軸自分にとって見覚えの無い衣服を仕舞ったところで、気付かれることのない隠し場所だ。


「ふう……」


 特有の香りと埃っぽさから解放され、視界がかすかにぼやける。


「戻るんだ……」


 借りた自分の鞄は元の位置に。自分自身はどこにいようと構わないだろうが、来たときと同じ、布団の上に横たわる。


 今思えば、過去に渡ってくるのは必然の事だったのではないか。

 自ら道を切り開いたのでなく、用意されていた時間軸を渡っただけ。

 未来は変えられなかった。変わらなかった。

 それでも、最後に記したあのメッセージに彼女が気付いているのだとすれば。

 再び過去に、向き合おうと思ったのであれば。


「奇跡の時計は、あれを書かせるために俺をここへ連れてきた……」


 目の異常を錯覚してしまう、人によれば酔ってしまう予兆から背けるために目を閉じた。

 部屋の空気が心地の良いコーヒーの香りに変わったのは、どのくらいの時間が過ぎたのかわからない、いつの間にか意識を失って取り戻してからのことだった。