顔色を窺いながら、時環は顔を上げた。瞳に不安を浮かばせている時環に向かって、幸哉はいつもの声色で告げる。


「怒るのは未来の俺だ」


 この時間軸の幸哉と今ここにいる時環は、生きる時間軸が違う。

 だから、ここにいる幸哉は時環を責めるつもりが最初からなかった。説教をするには時間がまだ早すぎるのだ。

 時が経てば、人は怒りを忘れてしまうことがあるけれど、怒る役目が未来の自分にしかないのであれば、その役目を忘れないように。今の時間だけに存在する、感情を忘れないように。


「その制服はしばらくお前が持っていてくれ。この時間軸のお前に見つからないよう、どこかに隠して――大学生のお前が返しにこい。そしたら、未来で許してやる」


 大切な思い出を預けよう。

 思い出を返してくれたとき、君を許すと約束しよう。


「サヨナラしたくないんじゃないの?」

「時間は離れていないから良しだ。その分も怒ってやる」

「理不尽だよ」

「使い切りの旅行機を勝手に使ったんだ。そのくらい我慢しろ」


 痛いところを突かれてしまい、時環は何も言えなくなる。

 たとえ中身が歳の近い大学生であっても幸哉にとって時環はいつまでも子供のままで、自分の肩よりも低い位置にある頭に手を乗せた。昔散々された子供扱いのその行為を、時環は懐かしいと感じた。


「未来でな。元気で」