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消毒液の香りと、そこにいるだけで疲労感を生じさせる独特の空間に包まれながら、彼はベッドの上から窓の外を眺めていた。
引き戸が開かれる音を耳にして、背後に感じるその気配が誰のものなのか当てるのは容易だった。
「何も言わずに帰るのかと思った」
「斗夢さんと約束したんです。この時間軸のアンタに会いに行くって。怪我、大丈夫なんですか?」
生きている幸哉を目の前にして、この場で安心は出来ても実感が沸かないでいた。この時間の全てが夢で、未来では異なる現実が待っているのではないか。不安はどこまでも付き纏う。
「おいで」
無事な方の右手で幸哉は手招きした。その手で時環の手をとり、自分の頭に持って行く。
「触れられたら痛い」
「そりゃあそうでしょう」
「明後日には退院出来るそうだ。今時病院は、そう簡単に入院させてくれない。重症患者は他に沢山いる中、俺はその程度の怪我ってこと」
自ら近づけた時環の手を頭から離した。自分よりも小さいその手を幸哉は見つめる。
「お前今、何歳?」
「十八歳」
「近いな。旅行機を使ったのは初めてか?」
「うん」
「そっか……記憶は大事にしろよ。俺はもう、何回目か分からない。日記を付けるのは中学時代が最初で最後だったしな」
自分が旅行機を使って絵茉を助けようとした意識が幸哉にある。時環は疑問に思った。目の前にいる幸哉は、どちらなのだろう。