「じゃあな。明日は土曜だけど、学校には来るんだろ? また明日」

「あっ、先生!」


 一回り大きな背中に向かって、絵茉は呼び止めた。振り返った幸哉に告げる。


「明日は実行委員で体育祭の準備をしなきゃなので、図書館には行けません。残念ですけど……」

「そうだった。俺も同じく準備をしなきゃいけない雑用組だ。明日は運動場だな」


 僅かに沈んだ絵茉の表情が、元の明るさを取り戻した。

 明日に二人だけの時間はないが、明後日には再び図書館での時間が戻ってくる。そう信じていた。





 ――なんで


「――め! 夏目!」


 鉄の鎖に手足の自由を奪われ、痛みから少女は顔を歪ませる。

 頭に直撃しなかったことは幸いであるが、救急車で運ばれた後、医者が下した結論は腕と足の骨折だった。

 腕は、よりにもよって聞き手の方。


「せっかく勉強に付き合って貰ったのに、駄目でした……」


 不自由な足と手で日常に復帰した少女が、間もなく実習を終える教育実習生に放った、悲しげな声。

 他の科目に比べ、長文を書くことが多い国語のテストを慣れない左手で解くには圧倒的に時間が足りない。当たり前のことだ。不運な事故によるもので、まして被害者が気に病む必要など全くない。

 なのに絵茉は心の底から申し訳ないと思い、自分自身を責めていた。それでも無理に笑顔を取り繕うとする彼女が、幸哉には痛ましく見えた。