「おかえり。じゃなかった、いらっしゃい」

「ただいま」


 帰るべき家ではないが、自然と口から発していた。

 斗夢の姿は見当たらず、客一人いない店内では幸哉が客席に座って一人で時計をいじっている。ジョークに乗った割には暗い声が聞こえてきて、幸哉はその手を止めた。

 言い間違いであれば時環なら直ぐに気付き、恥ずかしがる素振りを見せるだろうがそのような様子もない。心ここにあらずといった時環の姿に一瞬だけ幸哉は訝しげな目を向けるも、平常心を保ちいつも通りに接しようと切り替える。時計は放置して、カウンターに立った。


「何か飲むか? 新しいコーヒー豆を取り寄せてみたんだ。店のメニューとして正式に提供するものじゃないから、粗く挽いてやってもいいぞ? 父さんが細挽きで飲んで、イマイチだって言っていたやつとか粗挽きなら合うかも」

「いや、何もいいよ」

「そうか」


 店に入って注文をしない迷惑な客にも、幸哉は嫌な顔を見せない。元より返しにきただけだと察していて、未提供のコーヒーに金を取る気はなかった。家に遊びに来た知人に出すお茶の感覚である。


「あの……さ……」

「なんだ?」


 時環は言いにくそうに視線を反らした。絵茉のことを言ってもいいか、旅行記のことを話すか、答えが出ない。

 三秒、五秒と時間が過ぎ去り、何も言わないのはおかしいと自分を急かす。咄嗟に口から出てきたのは。