二本の足で立っていた彼が頭から血を流し、身体を横たわらせている。
彼の近くから離れた少女が、彼に駆け寄って泣き叫ぶ。
救急車を呼べと辺りは騒がしく、賑わっていた光景は一変し、切羽詰まった事態へ急変した。
『どうしたの、その怪我……』
『なんでもない、ちょっと事故っただけだ』
脳裏に思い起こされたあの記憶も、旅行記の力だろうか。
中学生の頃、知らない場所で起こっていた出来事は想像よりもずっと重く、未来を知っていても恐怖を感じる。
「ちょっと? どこがちょっとだよ……」
例え自分達が彼らに関わっていなくとも、過去に来たという事実だけで未来が変わってしまわないか。
横たわる彼が、もう二度と目を開けることのない未来が起こりうるのではないか。
「……や……いや……」
辛い思い出の一つ。思い出したくなかった過去であり、忘れてはならない過去。
タイミングが良いのか悪いのか、リミットが近付いた。現代へ戻ろうとする感覚が二人の身体に生じるが、絵茉は違和感に気付かない。気付ける程の余裕を心に無くしている。
「ごめ……なさ……ごめんなさい……先生!」
中学生の少女と隣の少女を時環は交互に見た。彼女はトラウマを抱え、癒えた今、再び呼び起こされてしまった。
そして元の時間軸へ戻ろうとしている。
これは本当に、持ち主のためになっているのか。旅行記の力に意味はあったのか。
未来を変えられるかは旅行者次第。旅行記のせいではない。