半ば逃げるように店から出た時環を、幸哉は追いかけて呼び止めた。
振り返った途端、小さな固形の物が弧を描いて投げられる。時環は見事に片手でそれをキャッチした。
顔に当たっていれば良い目覚ましになる痛さであっただろう重さのそれは、手に収まる大きさの冷たい金属。働く針の振動と音が、手の平と耳に伝わってくる。
「時計?」
歯車のチャームが揺れている二つ折りの懐中時計。新品ではないだろう、使用感が感じられるこれはおそらく幸哉のお手製で、普段使いをしているものだ。
「持って行け。売り物じゃないから、それは絶対に返しに来い!」
お弁当箱はどちらでもいい。
知り合いの青年は何年経っても過保護だ。親よりも過保護ではないか。そんな彼が時環は嫌いじゃない。
幸哉の厚意を受け取って、無くさないようにポケットの中にあるハンカチよりもさらに深く底に時計を仕舞った。ポケットに穴が開いていないか、開きそうでないか、指で確認もする。
「了解。ありがとう!」
遠ざかっていく背中を見送りながら、幸哉はため息を吐いた。
「ったく、朝っぱらから忙しないやつだ」
電車にお弁当を忘れないか、寝過ごして学校に遅れないか、心配が絶えない。背中が完全に見えなくなるまで幸哉は時環から目を離せずにいた。
「そういうお前は、朝から元気なやつだ」
「父さん」
幸哉が店の中に戻ろうとすると、いつの間にか降りてきていた斗夢が寝起きの声を発した。幸哉が時環に時計を投げた当たりから彼は見守っていた。
「珍しいな、昼夜逆転生活がデフォルトの根っからの夜型のくせに、朝に起きてくるなんて」
「年を感じるねえ」
「そう言いながら二度寝をするくせに」
コーヒーを飲もうと昼間は常に眠い。それが夜型の習性だ。