直ぐそこに立てかけてあるスケッチブックには、いつか作りたいと考えている料理やデザートの案を描いてある。極秘にするようなレシピなどは記していないただの絵でしかないため、少しでも伝わりやすいよう広げて見せながら言った。
「トムさんの幸せ者め……」
「え?」
「なんでもない。コーヒーのおかわり、今度はミルク多めで」
朝からブラックばかり飲んでいると奥さんに怒られるのだろう。この場にはいないというのに律儀に守るとは。穏やかな笑みを浮かべる彼を見て、真面目な人だなと心の中で呟いた。
静寂な空間に、ミルクと砂糖を加えたコーヒーをかき混ぜる音が響く。
あえて話題を振らず、ジッと相手の言葉を待った。何か言いにくそうなことを語ろうとしている雰囲気は空気から感じ取れた。
「……結婚して十年。このまま二人で過ごすのも悪くないかと思っていたんだが、アイツはどうにも諦めきれないのか、俺に申し訳ないのか、未だに寂しそうにしていてね……」
淹れ立ての細挽きコーヒーを一口。
刻間夫婦が子供に恵まれないことは父親を通して幸哉も聞いていた。奥さんが子供を授かれない身体であると。それを気にして、沈んだ空気が家の中で流れることも。
「それで、養子を迎えようと考えたんだ。本人の意思を尊重したいから、まずは里親から始めようと研修を終えて、申請書類も提出した。職員の人の家庭訪問も済んでいる」