「ほら、一時の気まぐれで直ぐにやってきた」
教室の入り口で試験監督の教員と話をしていた教員が、こちらに向かってくる。自分は教室を離れられないから代わりを向かわせた。勘の鋭い試験監督だ。
「ただ本当にトイレに行きたいだけなんじゃ……」
もしくは行き先はトイレではなく、どこか別のところで階段に向かっているだけ。予想は空しくも外れてしまい、男の先生はトイレの空間に足を踏み入れた。それも先ほど男子生徒が入っていた個室に。鍵もかけずに。
「運の悪い生徒だ」
ストーカー行為をもう一度。一度行うと抵抗が軽減されるのか、自分のことのように緊張感を抱いた時環も顔を覗き込ませた。
男性教員は裏に隠されたタブレットの存在に気がつく。だがタブレットには当然鍵がかかっていて、中を見ることまでは叶わない。
「パスが分からないんじゃ、疑われはしても言い逃れが出来る――」
教員はタブレットの本体をケースから外した。本体の下、ケースの上にシールが貼られている。そのシールには四桁の数字。
「まさか……」
パスワードとは限らない。そう時環が希望の声をあげる前に、教員は入力してロックを解除した。希望は見事に打ち砕かれた。
「開いたみたいだな」
「アホだ」
タブレットを手に持った教員は静かに教室へと向かった。おそらくあのタブレットは試験監督員の元に寄贈され、男子生徒の点数は没収。放課後にでも怒られるのだろう。
時環はそう思ったが、テストを受けるだけ意味が無くなる分、男子生徒は即座に廊下の橋に呼び出され、怒声を浴びせられていた。
「カンニングした答えを暗記出来るなら、パスワードくらい覚えておけよ!」
彼らにこちらの姿は見えないが、教員の言葉に心の底から二人は共感した。